第29話 自慢の容貌



 自分の意思とは関係なく小刻みに震え続ける体に、サリーナはサッと顔色を変える。


「ああ、もうすぐですね」


 ランドルフの呟きに、皆の視線が彼女の方へと集まった、その直後……。



「……ぅ、ぁ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!?」



 獣の咆哮のような絶叫が、サリーナの口から迸る。


「なななっ、なんっ、な!?」


 彼女喉から出た声とは信じられず、テンパってしまったランシェル王子は、又々言葉が迷子になっている。


「……なんでこんなっ!?」


「サリーナ嬢、どうしたというんだ!?」


「なにが、起こっている……」


 あまりの事態についていけず、狼狽してオロオロとするばかりの取り巻きの青年達をよそに、面白い事になってきたとばかりに空色の瞳を輝かせるランドルフ。鼻歌でも歌い出しそうな、楽しげな雰囲気である。




「ほぅ。もう魅了返しの魔道具が効いてきたみたいですね。早いな?」


「まあ、そうなんですの?」


「ええ。そうなんですよ、アンジュリーナ嬢。彼女、早く威圧スキルを解除しようとして魔力を流し過ぎましたね。大人しく自然に解除されるまで待てば良かったのに……この場合は逆効果です」


「逆効果……ですか?」


「はい」


 サリーナの思惑とは裏腹に、彼女が放出した魔力は威圧スキルの解除だけではなく、魅了の魔法がかかったブローチの方へも流れていってしまったのだと言う。

 総魔力量は不明だが、かなりの魔力が注がれたことで自動的に魅了の魔法も効力が上がってしまい、それを跳ね除けようと反発する力が生まれた。



 ――その反動が今、彼女を襲っているらしい。



 反発する力の源については言うまでもないだろう。


 先程、彼女と彼女の四人の取り巻き達が装着したランドルフ作の魅了返しの魔道具がそれである。


「まぁ、こうなるのも予想の範囲内ではあるんですけどね」


「そう……なんですの」


 エグいことになっているサリーナの状態を、嬉々として見つめる姿に少し引き気味のアンジュリーナだったが、研究者としては滅多にない、興味深い事例なのだから仕方ないかと思い直した。


「ええ。では、ここからも瞬きせずによくご覧くださいね。更に面白いものがみられますよ」


「あら、なにが起こるのかしら?」


 丁寧に説明してくれる間も彼の目はサリーナから離れない。熱心に彼女を観察している。


 アンジュリーナも好奇心を刺激され、変化を見逃すまいとサリーナの様子をみることにした。




 しかしジョナス達は愛する女性の身に何が起きようとしているのかが分からず、不安でいっぱいだった。


 悪い予感はするものの、今は苦しんでいる彼女に寄り添うことが大事だというように、大丈夫かと声をかけ、震える背中を擦り、手を握って励ましてやる。歯痒いが、彼らは見守ることしか出来ないでいた。



 ――それからすぐのことだった。



 サリーナが目の前で、あり得ない変化をし出したのは……。


「あっ、あ、あぁぁぁぅ……っ!?」


「……なっ!?」


 ジョナスは初め、自分の目がおかしくなったのかと思った。


 だが、これは錯覚じゃない。


 彼女の様子が、明らかに変なのだ。


「こ、こ、これはっ、一体……?」


「あぁ、サリーナ嬢がっ。何てことだ……」


「……信じられ……ない」



 ――そう、例えるなら、ような……?



 そんな、信じられないような変化が起こったのである。



 ――急速に、サリーナの老化……のようなものが始まったのだ。



「まぁ、なんてこと。これが、禁術を使った反動……なのですね……」


「ええ、そうです。恐ろしいでしょう?」



 あどけなさの残る可憐で愛くるしい少女の容貌から、どこか草臥れた様子の冴えない女へと、みるみるうちに外見が変わっていく。


 頭の先から指先まで、お金と時間をかけて丹念に磨き上げてきた瑞々しい肌と艶やかな髪も、体から急速に水分が抜けてしまったかのようにパサつき、徐々に萎びていってしまう。



 ――彼女の魔力が、生命力が、魅了の魔法を宿した魔石に吸い取られていくようだった。



 誰の目にもはっきりと感じ取れるほどの、恐ろしい変化。



「効果が現れるまでもっと時間があったはずですが、相当石の力を使ったのでしょう。随分と体の隅々まで汚染が進んでいるようですねぇ。ほら、彼女と魔石がしっかりと魔導回路で繋がってしまっている」


 魔力の流れを読んだランドルフは、サリーナの今の状態をそう分析した。


「まあ、魔導回路が。わたくしには見えないのですが、それは引き離すことは出来ませんの?」


「う~ん? ガッチリと繋がってますからね。ちょっと難しいかな……」


 そう言って思案する表情になった。頭の中で、色々と解除の方法や可能性を考えているのだろう。


 こんな状況なのにランドルフがどことなく愉しげなのは、研究者の血が騒ぐせいなのだろうか。




 二人が話している間にも、また少し変化があった。


 最初に起きた急速で劇的な老化が一旦、収まってきたようなのだ。


 今のところサリーナの外見は、幼い子供を老けさせたような容姿で止まり、体の震えや呼吸の乱れも落ち着いてきたようにみえる。



 ――ただ、これで全てが終わった訳ではないらしい。





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