第12話 指摘



「あくまでもわたくしが噂を流した黒幕だと……決めつけるのですね? そこまではっきりと仰るからには、確たる証拠でもあるのでしょうか?」


「彼女の口から直接聞き、実際に令嬢方に話しかけてもいつもサリーナが泣かされる事になっていたのをこの目で見た。十分な証拠だっ」


「殿下のおっしゃる通りです。確かに貴女は直接、我々の前で彼女に何か仕掛けたというわけではないのでしょう。だからといってそれが免罪符になるとは思わないことです。社交界の華と呼ばれるほど影響力のある貴女なら、ご自分に都合のよいように噂を操作し、裏から令嬢たちを煽動することなど造作もないこと!」


 念のために聞いてみると、ほぼ予想通りの主張である。


 自信たっぷりに答えてくれたが、やはり証拠などなかったらしい。


 サリーナの涙にほだされて、ただの推理と憶測、思い込みの類いで出来上がった中身のないふわふわした内容を、感情的に繰り返しているだけであった。




「……つまり、確たる証拠はない、と言うことでよろしいわね? わたくしを何が何でも悪者にしたいのはそちらの方なのではありませんの?」


「何を言う!? 自分の行いを棚に上げてシラを切るつもりかっ、見苦しいですよ!」


「ふんっ。いいだろう。そんなに言うなら、黒幕である犯人の名を、いまここで上げてみろ!!」


 ランシェル王子がシルヴィアーナに向かってビシッと指を差し、そう怒鳴りつけた。


「そんなもの、ボートン子爵令嬢に決まっておりますでしょう? 考えるまでもないことですわ」


 王子の無作法ぶりに頭の痛くなる思いをしながらも、きっぱりと犯人の名を叩きつけてやった。


「な、な、ななっ、なっ、な!?」


 シルヴィアーナの指摘に王子は言葉が出ない様子だ。




「言うに事欠き、何てことを!! サリーナ嬢に謝れっ」


「ううっ。ひど過ぎますっ、シルヴィアーナさま! どうせわたしだけがランシェル様と打ち解けることが出来て、仲良くしていただいているのが気に入らないんでしょう?」


 涙で濡れた目で正面に立つシルヴィアーナを見上げながら、切々と訴える。


「ご自分が政略のための形式的な婚約者で、全然愛されていないからといってサリーナのせいにしないでくださいっ。羨ましいからって悪者にしないでぇ!! わぁぁぁぁっ」


 身も世もなく泣き喚くサリーナ。


 まぁ彼女の場合は都合が悪くなるとすぐ泣き出すのでこれは予想通りだが。


 見た目だけは華奢で可憐な美少女なだけに泣く様も絵になるが、相変わらず底意地が悪い女だ。シルヴィアーナに毒を吐きまくっている。


 これに気づけない辺り、王子達もどうかしているとシルヴィアーナは思った。




「そうですよっ。殿下の寵愛を受けるサリーナ嬢を、嫉妬に狂った貴女が排除しようと動いた結果なのでしょうが……その事がどれだけ彼女を苦しめ悲しませたか分かりませんか?」


 痛ましいげに声を震わせ、サリーナを庇うリアン・ブラッドリー公爵令息。


 つい先程、シルヴィアーナから嫉妬などしていないと聞かされたことついては、都合良く忘れることにしたようだ。


 サリーナをいじめる主な理由として彼女の嫉妬心をあげていたことから、不利になると判断したのだろう。


 随分と身勝手な主張である。


「優しい彼女は誰も責めなかったんですよ。僕たちが問い詰めてようやく、躊躇いながら貴女達のことを教えてくれたんだ」


「そうだぞっ。俺達が側にいて守ってやらなければ、彼女に冷たい貴族社会では、今もきっと居場所がなかったはず。一人きりで耐え忍んでいたんだろう……こんな風に貴女達に傷つけられながらなっ」



 リアンに続きクレイグ・バラミス侯爵令息も、いかにサリーナが健気で純真無垢な令嬢かということを力説してくる。



 ――ちっ、馬鹿馬鹿しい。



 どこの世界に、次から次へと男達を誑し込み渡り歩く純真無垢な令嬢がいるというのだ。


 目を覚ませと揺すぶって怒鳴りつけてやりたくなる。



「困りましたわね……事実を指摘しただけですのに。何度も言いますが、ボートン子爵令嬢の悪い噂は虚偽でも何でもありませんのよ?」


 婚約者のいる殿方に馴れ馴れしく振る舞い顰蹙を買っていたのも、取り巻きの殿方を複数引き連れてパーティーやサロンに乱入し迷惑をかけたのも、紛れもない事実である。


 厳格な身分制度を軽視し、男女の倫理観をも無視し、場の雰囲気を壊すクラッシャーを喜んで迎え入れる者などいない。つまりは彼女の行動が原因で、自業自得なのである。



 ――それはサリーナが今夜、シルヴィアーナ達四人の婚約者を奪い取って堂々とパーティーに同伴したことでも明白ではないか?



 今までと違うのはせいぜい、取り巻きの殿方の身分と参加する夜会の格式が高いものになったというだけだろう。


「信じられないことに、これでも噂のほんの一例ですのよ。沢山の方々が彼女の被害にあっておられるんですもの。わたくしとて全部は把握出来ておりません」


 やれやれ困ったものだとため息をつきながら言う。


「そんなの嘘よっ」


「いいえ。嘘つきは貴女ですわ、ボートン子爵令嬢」


 無礼にも公爵令嬢であるシルヴィアーナの言葉を遮り、被せ気味に噛みついてきたサリーナに向かって冷たく言い放つ。


「だってそうでしょう? 意図的に悪い噂を流すもなにも、貴女が女の武器を使ってなさっていたふしだらな行動の数々、わたくし達には刺激的過ぎて発想自体がありませんでしたもの。そうね、例えるなら……口に出すのも憚られますが、まるで客引きの酌婦のようなものなのかしら?」


「そ、そんなことっ、してないったら!」


 顔を真っ赤にさせて、サリーナが叫ぶ。





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