第11話 泣き落とし



 少しは自覚があるのか、後ろめたさそうにするクレイブ。


「お、俺は別に堕落してなど……」


 すっかり言動の勢いが弱まった。


 そこへ、すかさずサリーナが口を挟む。


「ひ、ひどいわっ、ルイーザ様。わ、わたしはただ、騎士として苦しんでいたクレイブ様の悩みを何とかして差し上げたかっただけなのに……」


「そんなにも俺の事を考えてくれていたのか……? サリーナ嬢、君はなんて優しいんだっ」


「ううん、クレイブ様。サリーナは人として当たり前の事をしただけ。悩んでいる人を助けたかった……それだけなの」


「サリーナっ」


 後ろめたさに弱気になった彼を鼓舞するには絶妙のタイミングだったようだ。自分の甘えを肯定してくれる、サリーナの言葉を受けてすっかり立ち直り、彼女を見つめて感激している。


 サリーナも、自分の言葉に思い通りの反応を示すクレイグを見て満足そうだ。



(こうやって少しずつ堕落させていったのね……)



 クレイブは彼女の言葉を疑いもしていない。目の前で巧妙な手管を見せつけられたルイーザは、思わず出そうになっため息を飲み込む。


 生粋の貴族令嬢とは違い既存の身分制度に捕らわれず、感情のままに振る舞うサリーナ。


 初めは彼らにとっても、物珍しいだけの存在だったようだ。


 しかし、彼女に関わる時間が増えるにつれてのめり込んでいったのは、閉塞的で窮屈な日常を忘れられたし、自由を感じて楽しかったから。


 そして一度、好意を持ってしまえば後は、彼女の思うがままだった。男達は、操られてることに気づかない……。




 再びクレイブの心を手中に収めた彼女は、得意の泣き落としでルイーザを嵌めようとする。


「なのにっ、ルイーザ様はわたしが悪いって言うのね!?」


 一度は止まりかけた涙を、再びポロポロと流してみせた。


「ご自分が婚約者の悩みに気づけなかったからといって、サリーナに嫉妬して八つ当たりするのは良くないと思います!」


 そしてここぞとばかりにルイーザを貶める台詞をちゃっかりと叫ぶと、悲壮感たっぷりに泣き崩れ、男達の同情を誘う。


 可憐な見た目に反してどこまでも強かで、毒のような女だ。




「そうだぞ、ルイーザ嬢っ。 自分が出来なかったことをサリーナが解決したのが妬ましいからといって、彼女を侮辱するのは止めるんだっ」


 泣きすぎて倒れそうになる彼女を慌てて慰めながら、頓珍漢なことを主張し責めるクレイブ。


 騎士としての役目を放棄させたことを解決だと言うのか……ルイーザは一発、殴ってやりたくなる気持ちを苦労して押さえつけ、反論する。


「あら、本当に貴方のためを思うなら、国を守る騎士に自己研鑽の放棄をさせるなんてバカなことを薦め、堕落させるなんてことはしないはずですわ。貴族には特権に伴う義務と責任があるのですから。甘えは許されませんもの……それさえも彼女に誑かされて忘れてしまわれたのですか?」


「そ、そ、そんなことはっ、ないぞ!?」


「本当かしら? クレイブ様だけではなく皆様も……ひとりの女性にそのように複数で群がり、お仕事よりも彼女を優先されてはドレスだ宝石だのと散財し遊びまわられて、恥ずかしくないのですか?」



 複数の男性を誑かして従え、貢がれている様は、まるで南方の国にあるというハーレムの女性版のようで……良識ある人々の眉を潜めさせるのに十分だった。


 結婚前の女性には厳格に貞淑さを求めるこの国では、到底許されない振る舞いなのだ。


 良識的な淑女なら、非常識な女に関わりたくないと近寄らずに遠巻きにするのも当然だろう。それに気づかなかったのは、渦中の殿方だけ。サリーナに骨抜きにされた者達だけだった。




「わ、わたし、やってませんっ。ルイーザ様が言うような、クレイブ様達をた、誑かし堕落させるなんてことっ。ううっ、なんでそんなひどいことを言うんですかぁ……」


「またそうやって心優しい彼女の気遣いを悪く解釈し、真実をねじ曲げるのか!? ありもしない罪を捏造してサリーナを悪者に仕立てあげるとはっ、この卑怯者が!」


「そうだぞ、彼女を侮辱するのはやめてもらおうっ。彼女自身が贈り物をねだったことは一度もないんだっ」


「ふんっ。君たちのような苦労知らずのお嬢さんには到底、分からないだろうね? パーティーに参加するドレス一式、揃えられないという辛さは。それくらいくらい金銭的に困窮していたことを、恥を忍んで打ち明けてくれたんだよ。僕たちはほんの少し援助しただけです」


「……ほんの少し、ねぇ」


 ジョナスは力説してくれたが、その主張は到底、頷けるものではないとシルヴィアーナは思った。



 ――考えてもみてほしい。



 ほんの少しと言いながら、ランシェル王子は国宝級の価値がありそうな、ピンクダイヤモンドまで買い与えているのである。


 高位の貴族令嬢である彼女たちでさえ滅多に手が出せないような高額の装飾品を、婚約者でもない一介の子爵令嬢に贈っておいて、ほんの少しとかふざけたことを言われては堪らない。


「それほど見事な大粒のピンクダイヤモンド、わたくしもはじめて見ましたが、その贈り物でさえも……、ですの?」


「そ、そうだ!」


「……」



(その言い訳、さすがに無理がありましてよ)



 婚約者にさえ、そのような高価な宝石は贈ったことがなかったくせに、あれを正当化してしまうとは……。


 何と言っていいのものか……と、シルヴィアーナ達は殿方の自分勝手な言い分に呆れてしまう。



「それに貴族社会に疎く、不名誉な噂を流されたサリーナ嬢には、私達しか頼れる者がいなかったんだ……」


「年頃の令嬢達から冷遇されていたのは、貴女方のせいでしょう? 彼女は令嬢方と仲良くしようと、自分から何度も話しかけていた。努力していたんだ。そんな健気な彼女を孤立させる原因を作った癖によくもそんな事が言えるっ」


 ランシェル王子を始め、三人の取り巻きからも次々と責める言葉が出てくる。


 四人いる令嬢達の中で一番身分の高いシルヴィアーナには、特に当たりが強かった。





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