第24話 疑惑のブローチ



 そんな二人に冷たい目を向けたのはアンジュリーナだけではない。


 彼女の後ろで聞いていたシルヴィアーナ達も、聞きしに勝る酷さを目の当たりにして、処置なしと言うように首を振った。



 本来なら、自分よりもはるかに高位貴族の令嬢に向かって、ありもしない罪を捏造し騒ぎ立てるなどそれだけ処罰の対象になる。


 名誉を傷つけた罰として、修道院行きになってもおかしくないのである。



 しかしこれまで、ただの子爵令嬢であるはずのサリーナの傍若無人振りは、不自然なほど放置されたままになっていた。


 アンジュリーナの他にもたくさん名誉を傷つけられた令嬢達がいるにもかかわらず、彼女達は皆、泣き寝入りをさせられているのだ。



 ――それは何故なのか、言うまでもないだろう。



 彼女の後ろ楯には色仕掛けで誑し込んだ、この国の次代を担う予定の令息達が複数付いているからだ。



 彼等自身はまだ若く力はないが、それぞれが有力な家の出身だ。


 サリーナによって捏造された罪をさも真実であるかのように噂にして流し、社交界から排除しようと圧力をかけるくらいなら簡単に出来てしまう。


 そして今ではランシェル王子まで……王族まで味方につけている。




 サリーナは自分の優位な立ち位置をはっきりと自覚しているからこそ増長し、強気な発言を繰り返して愉悦に浸っていられるのだ。


 一介の貴族家では、表立って太刀打ち出来ないと知っているから、ここまでしても咎められることはないと高を括っている。


 今も両目からは涙が止めどなく溢れているが、悲しくて泣いているわけではないのは明白である。


 恋に落ちた男達は気づかないようだが、楽しくて仕方がないというように口元を歪めているのだから。



(全く、なんて図々しい女なのかしら……)



 しかしここでムキになって反論してもサリーナの思う壺だ。


 忌々しいが冷静にならなくてはいけない。


 そして、さっさとこの茶番を終わらせてやりたい。



「違います。わたくしがなんの話をしようとしていたのか、もう覚えていらっしゃらないのですか?」



 表情を読み取られないように目を伏せ、チクリと詰った。



「少しでもわたくしの言葉を聞いておられたのなら、そんな酷い見当違いをなさらなかったはずですわ」


「え?」


「……お忘れになっているようですわね? わたくし達、魔法の異変についてお話しておりましたのよ? その異変に関わっていそうな彼女のブローチが気になると申し上げただけですわ」


「……忘れた、訳ではありません」


「本当かしら?」



 ジョナスはそう言うが、目が泳いでいる。


 あれは絶対、目の前のサリーナの涙に惑わされて本題を忘れたのだとアンジュリーナは確信した。



「え、ええ。当然ではないですか!」


 そして、焦ったように言い訳をはじめた。


「ブローチの件はその……そう、貴女がっ。貴女がわざと彼女に誤解させるような言い方をしたから悪いんでしょう? 繊細な彼女はショックを受けてしまって取り乱しただけです!」


「……それで取り乱したボートン子爵令嬢が、悪意に満ちた酷い歪曲をし、わたくしを盗人だと決めつけたとおっしゃりたい訳ですの?」


「酷いわっ。わたし、アンジュリーナ様に悪意を向けてなんていません!」


「そ、そうですよ! サファイアのブローチは、サリーナ嬢にとって母君の形見でとても大切なもの。少々、過敏になってしまっても仕方ないじゃないですか!」


「……」



(呆れてしまって、言葉も出ませんわ……)



 泣き喚くサリーナと怒りで顔を真っ赤にして叫んでいるジョナスに白けた視線を向ける。


 呆れを隠さず、アンジュリーナは冷たく言う。



「よく分かりました。ボートン子爵令嬢が、被害妄想が酷くてまともに人の言葉を聞くことも出来ない方だと言うことが」


「ひ、被害妄想ですって!?」


「ち、違う! 彼女はそんな人ではありませんっ」


「そうかしら?」


「そうですっ」


「……では、異変の原因が自分にあるとバレるのが怖くて、起動修正出来ないほど話を逸らすため、わたくしを無理矢理悪者に仕立て上げようとなさった……というのが正解なのかしら?」


「アンジュリーナ嬢? 何を、言って……」



 話についていけず、戸惑ったように尋ねるジョナス。


 そんな彼の横で、サリーナがアンジュリーナを憎々しげに睨み付けている。



「わたくしがそのブローチが気になったのは、欲しいからでも取り上げて奪い取りたいからでもありません。そのブローチから常に、微量の嫌な魔力を感じるからですわ」


「はぁ?」


「初めは彼女自身に問題があるのかと思っておりましたの。ですが、精神を操る魔法には膨大な魔力が必要なはず。彼女にはそれほど多くの内包魔力はありませんものね?」


「……何が、言いたいんです。はっきりとおっしゃってください!」


「でははっきりと申し上げますわ。そのブローチ、魅了の魔法がかかった魔道具ではありませんこと?」



 ジョナスは言われた意味を飲み込めず、ポカンとしてアンジュリーナを見つめた。




 しばらくの沈黙の後、ようやくサリーナが反応する。



「嘘よ!!」



 明らかに取り乱して叫ぶサリーナ。



「嘘っ、嘘、嘘! そんなのでたらめよ! ジョナス様、ランシェル様達もっ、その女の言うことなんか信じないで!」


 サリーナの必死の訴えにも、ジョナスと取り巻き達は呆然としたままだ。





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