第25話 ライバルにもならなかった男
それほど、アンジュリーナが放った一言は衝撃的だった。
――魅了魔法は禁忌中の禁忌。
疑惑の相手を庇うことすら罪になる大罪だというのは、この国だけではなく、大陸全土の常識である。
これだけの貴族達の前で告げられた言葉に、今までのように安易にサリーナの味方は出来なくなった。
真実の愛という幻想に酔っているジョナス達にもまだ、それくらいの判断力は残っている。
「……それを口になさるからには、貴女にはしっかりとした根拠がおありだということですか?」
「もちろんですわ。嘘や酔狂でこんなのようなこと申し上げられませんもの」
慎重に問いかけるジョナスに、あっさりと頷くアンジュリーナ。
「しかしこのブローチはただの宝石、サファイアで出来ているんですよ。魔力など、魔石でもなければ込められるはずがないでしょう」
「ええ、それが彼女の言うように
意味深な彼女の指摘に一瞬戸惑ったように瞬きした彼は、先程の自分の言葉にヒントがあるのに気付きハッとした。
「え? ま、まさか本当に……?」
「ええ。非常に上手く加工してありますが、あのブローチは魔石に違いありませ……」
「嘘よっ、嘘! 魔石なんかじゃないっ、ただのサファイアだって言ってるでしょ!!」
アンジュリーナの言葉を遮り、サリーナが再度激しく否定する。
その激しい言葉遣いと、目がつり上がった険しい表情……まるで知らない女性を見ているようだった。
今までずっと、か弱くて可憐で儚く消えてしまいそうな繊細な人だと思っていたのに……。
なんとしても彼女を守らなければ、と高揚していた気分が沈んでいく。
そして、ジョナスの中に迷いが生じた。思いがけない豹変振りを目の前で見せられて始めて、魔石である可能性についても考えようとする気持ちが生まれたらしい。
自分の魔法の力に絶対の自信があるジョナスはまだ完全には信じられないようだったが、改めてサリーナのブローチを視ることにしたようだ。
彼女と知り合ってからいつも見ている美しい宝石。
今宵もシャンデリアの光を受けて、キラキラと輝いている。
魔法の痕跡を手繰ろうと食い入るように見つめたが、やっぱり彼にはただの宝石にしか見えなかった。
「僕には、視えません」
どちらの言い分を信じればいいのか。本当にアンジュリーナの主張が正しいのか、何の痕跡も見つけられないジョナスには判断が出来ず、眉を潜めてしまう。
「それは貴方が既に、彼女の術中に嵌まってしまっているからだ」
「……っ!? 誰です!?」
何処かで聞いたような気がしたが誰のものだったか……咄嗟に思い浮かばない。
慌てて声が聞こえた方に顔を向けると、周りを囲む貴族達の中から一際目立つ美貌の青年が、まっすぐにこちらを見ていた。
「あっ」
……思い出した。
爵位は同じでも自分より圧倒的に内包魔力が少なく、ライバルにもならなかった男。とるに足りない存在だと軽視していた。
だから今まで記憶の底に沈んでいてすっかり忘れていたけれど、直接目を合わせればさすがに分かる。
「ランドルフ……なのか?」
「へぇ、私を覚えていらっしゃったか、ジョナス殿」
自分のことなど眼中になかったという態度に、皮肉げに口元を歪めてみせるスラリとした体躯の背の高い青年。
――ランドルフ・ノーマン伯爵令息。
艶やかなキャラメル色の巻き毛を肩の辺りで緩く一つに纏め、髪と同色の長い睫毛に縁取られた瞳は爽やかな空色をしている。
優しげに垂れた目元と、少し丸みを帯びた顎のラインが柔らかな雰囲気を引き出し、柔和な表情が似合う人。
だが、引き締まった表情をしてジョナスを見つめている今は、その端正な美貌が際立ち冷たささえ感じられた。
気づいた周りの貴族達が二人の間に道を開ける中を、ゆっくりと歩いて来る姿は優美で、ジョナスと同い年のはずなのに、最後に会った時よりも随分と大人びて見える。
確か彼は今、魔法省に勤めていると父から聞いていた。
魔法捜査に関しては凄腕で、新人の中では特に活躍しているとも。
魔力総量が少ないことは、実際に魔法省で働く際には特に問題にならなかったらしい。それよりも彼の才能は魔道具の研究分野で花開いたようだ。次々と新しい魔道具の開発に成功しており、魔法省期待の新人だと頼もしげに話していた。
同じ魔法学園に通っていたときには大した成績を残さなかった癖にと、忌々しく思ったのを覚えている。
その彼が、アンジュリーナを庇うように彼と対峙する位置まで来て足を止めると、こちらを見下ろしてくるのだ。
何故、彼が……? このタイミングで出てくる意味が分からない。
「……これは、どういうことです? それに、二人が知り合いだったなんて僕は聞いたことがありませんが」
学生時代にはなかった妙な威圧感に背筋がゾクリとしたが、それを認めるのは高すぎるプライドが許さなかった。
強気な姿勢を崩さず問いかける。
「ええ、面識はございませんでしたわ」
ジョナスの指摘を肯定してから、自分を庇うようにして斜め前に立った彼をチラリと見上げる。視線に気付いたランドルフがアンジュリーナと目を合わせて柔らかく微笑む。彼女の手助けをするために来てくれたのだ。ポッと胸が温かくなった。
「ジョナス様もご存じの通り、わたくしは魔法に関してさほど詳しくありません。ですので今回の件を調べるに辺り、専門家に協力していただけたらと思っておりましたの。そうしましたら、ある方から彼をご紹介いただきました」
「……ある方? そのある方とは、どなたなのです?」
「あら、気になりますの?」
「当然でしょう。その方は何を思って、貴女の婚約者だった僕と同い年の彼を紹介したのです?」
不愉快さを隠さず問い詰めてくる。
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