第26話 魔法省の期待のホープ



 自分は同年代のサリーナと堂々と浮気をしていた癖に、彼女に対しては悋気をみせるというのか。


 今は愛情などないだろうに、ただくだらない男の見栄とプライドだけで睨み付けてくるジョナスに呆れる。




「何を疑ってらっしゃるのか存じ上げませんが、彼ほど精神系の魔法捜査に優れている方はいないと言うことで選ばれたとお聞きしましたわ。年が近いのはたまたまでしょう」


「ふん、信じられませんね」


「まあ、ご紹介いただいたのが貴方のお父様でも……ですの?」


「なっ、父上がですって!?」


 思いがけない人の名を聞き、驚くジョナス。


「ええ、魔法省期待のホープだと伺っておりますわ。ジョナス様もご存じかと思っておりました」


「……っ!」


 紹介者は婚約者の父親なのだ。不貞を疑われる理由はどこにもない。


 そう言うと、打ちのめされたような顔をしている彼に向かってニッコリと微笑んでみせた。




 魔法省の長官でジョナスの父親でもあるハーバー伯爵は、身分や経歴などで人を判断しない、公平無私な人だった。その為、有能な上官として部下達にとても慕われている。


 ジョナスはそんな父親を敬愛していたが、息子だからといって彼の力を手放しで認めるような人ではなかった。


 生まれながらに素晴らしい素質を持っているのに、力に溺れ技を磨く気がない息子に失望していたからである。


 ただの一兵卒ならそれでいいかもしれない。


 だが、ジョナスは王族であるランシェル王子の側近なのだ。


 搦め手のような魔法を見抜く力をつける事こそ重要だと、ことあるごとに注意してきたのたが、その忠告は聞き入れられることはなかった。


 これまで膨大な魔力を保持しているおかげで何事も力技のごり押しで問題を解決していた彼は、その必要性を感じなかったのである。


 それどころか、父が指摘するようなチマチマとした地味な修練を馬鹿にしていた。


 疑わしきものは、力で解決してしまえばすむと本気で思っていたのだ。




 自分のやり方を認めてくれない父親に反発しながらも、本当は誰よりも肯定して欲しい気持ちが強かったことを、アンジュリーナはよく知っていた。


 だからこそハーバー伯爵が、自分よりも遥かに劣ると見下していたランドルフを高く評価している現状は面白くないだろう。


 ましてや、ジョナスが修練を怠っていた分野で活躍する彼に、ただの宝石だと思っていたサリーナのブローチが実は魔石で、魅了の魔法が疑われると言われては、自分が分からなかっただけに余計、悔しいはず。


 苦々しい表情を隠しきれていないのをみて、扇で口元を隠しながらこっそり、ざまあみろと舌を出したのだった。




「それで、そのランドルフがここにいるということは、精神系の魔法に関する調査結果が出たということですか」


 アンジュリーナは彼の協力で確信を得たと言う。


 それを信じるならサリーナのブローチは宝石ではなく魔石で、魅了の魔法が掛けられており、ジョナスもランシェル王子達も騙されていたことになる……認めたくはないが。


 渋々問いかけるジョナスに、ランドルフは頷く。


「ええ。最終段階に入ったと言っていいでしょう。後一つ、確認が出来れば証明が可能となります」


 そう言うと細くて長い指をスッと懐に手を入れ、五個のブレスレットを取り出してみせた。




「その為にも、あなた方五人にはこれを装着していただきたいのですよ」


「……何ですか、それは?」


「ボートン子爵令嬢の持つ魔石から皆様を守るものです。魔法省長官の許可も得ておりますので……さあ、どうぞ?」


 まずはジョナスに渡し、ランシェル王子やリアン、クレイグにも手渡していく。戸惑いながらも、差し出された物を受けとる彼ら。



「もしかしてこれ、魔道具なんですか?」


 ランドルフから渡されたブレスレットを見ながらジョナスが言う。


「ええ。まだ出来たばかりでね。名前がないんですが便宜上、魅了返しの魔道具とでも言っておきましょうか」


「魅了返しの魔道具……必要ないとは思うのですがね?」


「でしたら尚のこと、装着したほうがいい。彼女の主張通り、アレがただのサファイアのブローチかどうかを明らかに出来ますからね」


「……いいでしょう。そこまで言うなら試してあげましょう」


「ええ、どうぞ。個人差はありますが、効果は徐々に現れてきますので」


 サリーナの無実を信じるなら、ここで強く拒否するのは下策だと考えたジョナスは、ランシェル王子達を説得する。


 そして四人全員が、ブレスレット型の魅了返しの魔道具を手首に嵌めたのだった。




 彼らがちゃんと装着したのを確認したランドルフ。


 これでブレスレットは残り一つになった。


 サリーナにつけさせる分だけだ。


 ランドルフが彼女に目をやると、座り込んだまま固まっているのが見える。


 彼女らしくもなく随分と大人しいと思ったが、どうやら動けなかったようだ。リアンが心配そうに彼女の背をさすり、何か声をかけているが反応していない。


 先程まで泣き叫びながら激しく抗議していたのに、急にピタリと黙ったのでおかしいと思った。


 多分、こちら側の陣営にいる誰かが何か細工をしたのだろう。


 思わずアンジュリーナ達のいる方をみると、ルイーザの隣に立つ剣聖と真っ先に目が合った。


 口角を上げ、ニヤリと不敵に微笑んだのを見てピンときた。





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