第47話 恋バナ



 それからシルヴィアーナは、右側に座っているルイーザをチラリと流し見た。


 いよいよ本題である。



「ですが……わたくし、今宵は他にもひとつ、大変驚いたことがございましたの」


「……まぁ、何かしら?」


 美貌の友人からの探るような流し目を受けて、エメラルドの瞳をぱちくりと瞬かせるルイーザ。


 気づかない振りをしながら口元を扇で隠し、可愛らしく小首を傾げてみせた。


「もう、ルイーザ様ったら、おとぼけになられて」


 そんな友人の態度に、子供っぽくむくれて見せるシルヴィアーナ。


 彼女がこんな風に砕けた姿をさらすのは、信頼する者たちの前でだけ……。


 妖艶で大人びた公爵令嬢しか知らない人がみたら、さぞやびっくりするだろう。




 ここのところ、まるで天災のように周囲を巻き込み引っ掻き回すサリーナのせいで、緊迫した状態を強いられていた令嬢達。


 シルヴィアーナに限らず、上手く笑えない日々が続いていた。


 だからこそ、久しぶりに明るさの戻ってきた彼女の、いつもながらのギャップにほっこりと場が和む。




 一瞬で場の空気を変えた彼女はといえば、ルイーザから話を引き出そうとズイッと身をのりだしていた。


 ヤル気満々である。


「貴方様だけはもっと、別の事で驚かれたのではありませんこと?」


 ズバリと切り込まれ、ルイーザが一瞬、答えるのを躊躇した。


 すると、すかさずダフネが口を挟んだ。



「あらあら、そうでしたわ。とっても素敵なことがありましたわよねぇ、皆様。これは聞かずにはいられませんことよ」


 彼女も面白そうな話題に乗っかることにしたようである。


 キラキラした瞳をルイーザに向けると、嬉々として問いかけた。


「わたくしも、シルヴィアーナ様と同じですの。はしたなくも好奇心が押さえきれませんことよっ。剣聖様との事、教えてくださいまし!」


「まぁ、ダフネ様ったら……」


 普段は冷静沈着な彼女にまでグイグイこられて、タジタジになるルイーザ。




 目を白黒させている彼女に構わず、求婚の場面を思い出してうっとりとしながらアンジュリーナが続けた。


「素敵でしたわねぇ。まるで、オペラのワンシーンを見ているようでしたわっ」


「ええ、ええっ。胸がキュンとしましたわよね、アンジュリーナ様!」


「分かりますわ、ダフネ様!」



 親しい友人の恋バナにワクワクする気持ちを押さえず、声が弾む。


 こんなおいしい話、じっくりと聞かない訳にはいかないだろう。


 政略結婚が当たり前のハワード王国では高位貴族になる程、この手の恋バナは珍しいのだから。



 三人の令嬢達の心が、燃え上がった瞬間だった。




 それはもう熱烈に、ひとつも聞き漏らすまいというように見つめられたルイーザはと言うと……。


「もう、嫌だわ、皆様ったら」


 友人達の熱量に押され気味で、思わず頬を染めてしまう。


 苦楽を共にした彼女達にタッグを組まれては逃げられない。


 ジタバタと暴れ出したいほど恥ずかしいけれど、こうなったら話すしかないと覚悟を決め、目を泳がしながらも言葉を探す。




「わたくしだってまさか、あの状況で、その……あの方から求婚されるとは思ってもみませんでしたの」


 ドキドキする胸を軽く押さえながら言った。


 あの時の事を思い出すと、男の色気たっぷりの格好よすぎる姿が自動的に脳内再生されてしまうのだ。


 こうして条件反射のように胸が高鳴るので困ってしまう。


「心臓が止まりそうになるくらい、びっくりしてしまいましたわ。だって、わたくしに都合が良すぎたのですもの」



 いけないと思っていたのに、勝手に育ってしまった彼女の恋心。


 それが今宵の婚約破棄騒動で二人を阻んでいた障害が取り除かれたというか、勝手に自滅してくれたというか……。


 ともかく、婚約者だったクレイグからルイーザの心が完全に離れる出来事だったのは間違いない。


 そして、そこに見計らったかのようなタイミングで現れた意中の人に、情熱的に求婚されるなんてこと、昨日までの自分は信じないだろう。




「……一度は叶わぬことと諦めておりましたのよ」


「ルイーザ様……よく、分かりますわ」


 ため息混じりに呟かれた思いに、ダフネは無理もないことだと共感して頷いた。



 だって、生まれた時から恋愛結婚など出来ないと諦めていたのは皆、同じなのだ。


 この国の高位貴族の子女達なら当然、小さな頃から私心を捨て政略結婚するべしとの教育を受けるのだから……。



「でもこんなチャンス、掴まない手はないでしょう? ですからわたくし、勇気を振り絞りましたの。欲しいものに手を伸ばせない、苦しい想いは一度でたくさんですもの」



 ――たぶん、初めての恋だった。



 諦めなければいけないのが、あんなに辛いとは思わなかった。


 自制する必要が無くなってすぐの求婚に戸惑いはあったけれど、自分の気持ちと真摯に向き合い、彼の愛を受け入れた。そのことに後悔などない。


 だから今、とても幸せなのだと照れくさそうにはにかんだ。





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