第37話 激情



 それでも一応、忠告もされてたことだしと警戒するつもりでいた。


 だが最初から、家柄も能力も優れている自分には脅威になり得ない存在だろうと軽くみていたことは否めない。リアンもジョナスと同じ間違いをしたのだ。



「まさか、魅了の魔道具を所持していたなんてね。私も愚か者の仲間入りをしたわけだ」


 自嘲気味に呟くと、苦笑してかぶりを振った。


「サリーナ嬢と直接、顔を合わせるようになってすぐ、悪い噂は彼女を妬んだものが流した嘘だと言われて信じ込んでしまったんですよ。その時に私はもう、すっかり洗脳されていたのでしょう」


「……」


 リアンが遠くに視線を向け、端正な顔を歪める。


 心底、その時の自分の過信を後悔しているようだった。


「当主の決定を無視し、彼女に騙されて勝手に婚約破棄をした愚か者達の末路……か。君の表情をみるに、どうやら廃嫡された後の彼らはろくな目にあっていないらしい」


 もしかしたら自分達も彼らと同じ道を辿ったかもしれないと思うと、他人ごととは思えず、嫌な予感に身震いしそうになる。


「どうなったのか……君は知っているんだね? 私に教えてくれませんか?」


 それでも真実を知りたくて、真剣にダフネと向き合い懇願した。


「分かりましたわ」


 そんなリアンの真摯な気持ちは彼女に伝わったようだ。ひとつ頷いて話し出した。




「ボートン子爵令嬢と関わって廃嫡されて平民に落とされた彼らの、その後の足取りですが……」


 一旦、言いにくそうに言葉を切った彼女だったが、思いきったように続けた。


「……市井に下った後に行方不明となっております」


「ま、まさか!? その全員が……とか言わない……ですよね?」


「……」


 口を開こうして黙って視線を外してしまった彼女を見て、そのまさかの事態になっているのだと悟った。


「あぁ、いや。そう、なのか……全員、見つけられずにいるんですね」


「……ええ」




 ――くだんのサーカス団は毎年、この国を訪れていた。



 国中を巡回していくのはいつものことだが、サリーナの悪名が聞こえて来た辺りからに絞って調査をしたところ、求めていた結果が出たのだ。


 彼らが国を去る時と時期を同じくして、婚約破棄騒動で家から追放された子息達が町から消えてしまっているということが……。


 そしてサーカス団は近年この国から出る時には、兼ねてより隣国と癒着が疑われていた、大貴族が治める領地を通って国境を越えていたのである。




「我が国の魔力の高い貴族の令息を、公然と誘拐すれば大騒ぎになるでしょう。ですが、その者がすでに家から放逐されている身だとしたら……?」


 サリーナに誑かされ一方的に婚約破棄を突きつけ、家同士の契約を勝手に反故にした使えない子息など、相手の家に対する謝罪の意味を込めて貴族籍を抜かれて家から放り出される。


 その後の彼らがどうやって生きているのかなど、醜聞を嫌う貴族ならわざわざ知ろうとしないはず。




 たとえ行方が分からなくなっても、表立って捜索願いを出すことはないと見透かされていたのだろう。そして、忌々しいことにその推察は正しかったといえる。



 ――結果的に今回、ダフネ達が調べるまで詳しい捜索はされなかったのだから。



「つまり、初めからそれを狙っていたというのか?」


 この国の貴族階級は、魔力が高いことが大きなステータスになるため、婚姻によって意図的に魔力が高い者を取り込み、増やし、質の向上を図ってきた。


 結果的に隣国と比べ、支配階級に多くの魔法の使い手を抱える事になり、この事が周辺国への抑止力になっていたのだが……。


 隣国にとって、年を追うごとに強くなっていくハワード国は脅威だったのだろう。



「彼らを手に入れる際のリスクを減らすため、先にサリーナ嬢を使って誑かし、貴族家から放逐されるのを待っていたと……?」



「ええ、そうだと思われますわ」


 リアンの問いかけをダフネが肯定したことで、周囲を取り囲む貴族達が息を飲んだのがわかった。ざわめきが大きくなる。


 親戚筋や知り合いに当事者がいる者も、この夜会に来ているはずだ。


 彼らの心の中は、穏やかではないだろう。


 思わずサリーナに、険のある視線を向けるものもいた。




「一人二人ではなく、ほぼ全員の所在が不明だという調査結果が出ましたから……」


「ほとんど、全員が……ですか」


「ええ。それを聞いた時の衝撃は忘れられませんわ」


 痛ましそうにそう告げたダフネの言葉に、リアンも絶句した。


 予想以上に悪い事態に、言葉が続かない。


「ともかくこれで、彼女とサーカス団の目的が判明したと言えるでしょう」


「なんてことだ……」


 頭の中がグチャグチャになる。


 それほど聞かされた内容は衝撃的だった。


 リアンは湧き上がってくる激情を抑えつけるため、拳を握りしめ、血のにじむほど強く唇を噛みしめた。




 魔力を保有する者は国に管理されているので、貴族籍を剥奪されても国外へ出るには国の許可が必要だ。だが、彼らの出国申請など提出されていなかった。自分の意思で出ていったわけではないことは明白で、大方、サーカス団が国を出る時に、協力者手引きで一緒に隣国へと連れて行ったのだろう。


 貴族出身で魔力が高い元青年貴族を何のために拐ったのかは、リアンにも想像できた。

 洗脳して兵隊にするのか、それとも優秀な子供をたくさん作らせるのか……使い道には事欠かない。


 魔力の高い貴族令嬢一人を手に入れても出来る子供の数は限られる、子息を浚う方が色々と交配出来るし効率的に増やせて利用価値が高いといったところだろうか。


 普通ならそんな都合のいい人材など簡単に手に入らないはずが、サリーナの協力で労せずして手に入れるルートができたのである。





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