第49話 苦悩する王子様達



 ◇ ◇ ◇




 令嬢達が束の間の休息をとっている頃、ランシェル王子と側近達もやけに重く感じる身体を引き摺りながら、用意された部屋にたどり着いていた。



 夜会会場からここまでずっと近衛兵が警護についているため、迂闊に発言することも出来ないでいる。


 彼らは実質、王の意向に沿って、護衛と言う名目で自分達の監視をしているのだ。



 四人共に無言で目も合わせず、気まずい沈黙が続いていたのだが……。


 ランシェル王子の「お願い」により一部、監視を緩めてくれることになった。


 室内からの退出は拒否されたが、四人の周囲に防音結界を張ることで、会話が外に漏れないようにしてくれたのだ。



(仕方がない……自分達の立場では、今はこれ以上の譲歩は望めないだろう)



 第一王子といえども、命令権はない。


 時間も限られているしと側近達も渋々、重ねての交渉を諦めた。




「ふぅ、これでやっと話せるな」


 やや乱暴に、ドサリとソファーに体を投げ出しながらランシェル王子が呟いた。


 普段の完璧な王子様然とした所作とはかけ離れた、粗野な態度。


 見慣れない王子の姿に驚く側近達だが、目線で座れと促されたことでぎこちなく、王子を囲むように腰を下ろしていく。




 疲れた体を、優しく包み込んでくれる上質なクッションに沈みこませながら、それぞれが考えこむ。


 端的にいって、今の状況は最悪だった。


 国内外の客人を招いたパーティーで、私情を挟んだ恋愛がらみの騒動を起こした。


 婚約破棄に伴うリスクもよく考えず、自分達から強引に……そして一方的に。



 それだけならまだ、よくはないけれど取り繕う事が出来たかもしれない。


 けれども、その婚約破棄に伴って次々と明るみに出てきたものが問題だった。


 集団での婚約破棄騒動など、霞んでしまうほどに……。



「なんなんだいったい……禁呪の魅了魔法に隣国のスパイに人身売買だって!? よりにもよってサリーナが其奴らと関わっていただなどっ。私は知らなかったぞ、リアン」


 そんな危険人物を自分に近づけたのかと、ギラつく瞳で睨み付ける。


「……申し訳ございません、殿下」


 主君からの叱責に反論することも出来ず俯き、唇を噛み締める。


 帽子屋とかいう道化師が隣国のスパイで、国を裏切る工作活動の中心にいた人物で、そんな危険人物と癒着していたのがサリーナだったなど、リアンだって信じたくなかった。


 お前も、お前達の内、誰か一人だけでも気づかなかったのかと、頭を抱える王子にかける言葉もない。




 頭が痛い。


 熱に浮かされ、自分達はなんという醜態を晒したのだろう。


「何故、こんな馬鹿な事を実行してしまったのか……」


「……」


 原因など分かりきっている。


 真実の愛を見つけたから……いや、正確には魅了魔法で操られ見つけたと思い込まされたから……である。



「つい先程まで、疑問にも思わなかったよ」


「殿下……」


「申し訳ございません。それは私共も同じです」


 まんまと騙されていたと自嘲するように吐き捨てる王子に謝罪しながら、リアン達も心底、側近としての迂闊さを悔いていた。


 男慣れしているサリーナにとって、己の地位と能力を過信する、人生経験のない甘ったれたお坊ちゃん達を籠絡することなど簡単だったはず。



「熱に浮かされて、騙されているとも知らず私は、愚かだった……」


「うぅ、あんなに心が醜い女に盲目的に入れあげていただなんて……俺は悪夢を見そうです」


「……確かに、あの醜悪な表情や金切り声は記憶に焼き付いて、当分忘れられそうにありませんね」


 王子の嘆きに、クレイブやジョナスもげっそりしながらボソボソと呟き追従する。



 政略的な婚約を破棄してまで守り、手に入れたかったはずの愛しい少女、サリーナ。


 彼女のことを思い浮かべようとしても、夜会での衝撃的すぎる変化……あの醜く干からびた姿に上書きされてしまい、美しい思い出の記憶が霞んでしまう。


 いや、そもそも初めから、可憐で庇護欲をそそる美少女などいなかったのだろう……自分達が入れあげていた女は、計算して作られた紛い物だったのだから。今さら気づいたところでもう、遅いが。



「反対されればされるほど燃え上がっていたのが、バカみたいだな」


「そう……ですね。今思えば、完全に主導権をサリーナに握られてました」


「ええ。だから皆、忠告してくれたのでしょう……特に私達の婚約者は」


「くそっ、あの時もっと真剣に聞いていれば!」



 王子は勿論のこと、令息達にもそれぞれ、当主や婚約者、親しい友人から諌められた記憶がある。


 しかし当時は、その善意からのありがたい忠告を鬱陶しく感じるとともに、馬鹿にしていた事を思い出す。


 家の体面の為や嫉妬、全てに恵まれている自分達への妬みから、そんな事を言うのだろうと蔑んでさえいた。



 現在、国土防衛を第一に掲げ、より強い血筋を残すという国の方針により、本人自身の後天的な能力よりも、先天的な魔力の器、総魔力量や素質が優先されるという事情もあって、国内最高峰の才能を保有している自分達なら余程の失態をおかさない限り、処罰対象にはならないだろうと軽く考えていたのもある。


 今宵の婚約破棄もそうだ。


 それぞれ親に反対されたこともあるが、大勢の貴族達の前で強行突破して既成事実を作ってしまえば何とかなるだろうという甘い打算があった。


 辺境伯領程ではなくとも、ハワード王国では魔力のよりある者の方が発言力も高い。


 勿論、全くペナルティが与えられないわけではないのだが、若者達が暴走したのもこういった風潮から、自分達の実力なら許されると思っていたからである。


 結果は言うまでもなく最悪で、婚約は解消されず、衆人環境の中で恥を掻いただけだった。今までこんな屈辱を味わったことはない……。


 これまで、金も地位も女にも不自由なく生きてきた彼らは、初めての手痛い挫折に心が折れそうになっているのだった。





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