皆まとめて婚約破棄!? 男を虜にする、毒の花の秘密を暴け! ~見た目だけは可憐な毒花に、婚約者を奪われた令嬢たちは……~

飛鳥井 真理

第一章 婚約破棄

第1話 約束



 ――仲良くなった彼との別れが悲しくて、思わず帰らないでと子供っぽいわがままを言ってしまった……。


(どうしましょう、きっとあきれられてしまったわ……)


「あの、ごめんなさい、アラン様。わたくし……」


「どうかあやまらないで、シルヴィアーナ嬢。僕も君と同じ気持ちだから」


 それにもし君が望んでくれるなら、ずっとそばにいる方法があるんだよと言って特別な言葉を囁いたのだ……沈んでいた気持ちが一瞬で吹き飛ぶほどの、魔法の言葉を。


 それを聞いた彼女は、嬉しさのあまりパァッと顔を輝かせる。


「まあ、アラン様。それは、本当に?」


「本当だよ、シルヴィアーナ嬢。もちろん、僕と君の父上のご了承を得なくてはいけないから、すぐには無理だけれど」


「……そ、そっ、それは、そうですわよね。でもあの、もう一度聞かせていただいてもよろしいかしら?」


「もう一度?」


「ええ。だって、いきなりで、良く分からないうちに終わってしまって……はっきりと実感できませんでしたの!」


「あぁ、そっか。すみません。じゃあ、今度はちゃんと申し込んでもいいですか?」


「お、お願い致しますわっ」


 恥ずかしそうにしながらも快く彼女の願いを了承したアラン。


 一つ息を吐いて暴れそうになる気持ちを落ち着け、まっすぐに彼女を見上げる。それからまるで騎士のようにシルヴィアーナの前に跪くと、ソッと手を差し出した。


 きれいに刈り込んだ植栽に四方を囲まれた、小さな中庭に二人きり。


 優しい色合いの季節の花々が咲く中、室内だとくすんでみえる金茶色の髪も、時折吹く微風に揺らされ、柔らかな陽射しを弾いてキラキラと輝く。眼鏡の奥にから覗く青く澄んだ双眸も、夢見るように甘い。


 成長期前の子供らしい可愛らしさと、洗練された大人っぽい仕草が格好よくて、改めてアランにときめいてしまうシルヴィアーナ。心音が聞こえてしまうんじゃないかと心配になるほど高鳴るのを抑え、彼に綺麗だと思ってもらえるように、優雅さを意識しながらニッコリと微笑む。そして、恭しく差し出された掌に自分の小さな手をふわりと乗せた。


 自分より華奢な彼女の手をほんの少しだけ握ったアランは、吸い込まれそうに美しく煌めく紫水晶の瞳を眩しげに見上げながら、厳かに告げる。


「シルヴィアーナ嬢、大きくなったら僕のお嫁さんになってください。そして、僕の隣でずっと一緒に生きて欲しいです……」


「アラン様」


 もう一度ちゃんと聞きたくて、おねだりしてしまった彼からの愛の言葉。


 それは正式な作法に則ったもので、物語りに出てくる王子様のように素敵だった。シルヴィアーナは一瞬で顔が火照ったのがわかり、「はぅっ」と変な声をあげてしまう。それが面白かったのか、彼の緊張も和らぐ。


「クスクスッ、顔が真っ赤だよ。ねぇ、今度はちゃんと全部、聞こえた?」


「え、えぇ。って、お顔が近いですわよ、離れてくださいましっ。きちんと聞こえましたから!」


 からかうように瞳を覗き込まれて動揺したシルヴィアーナは、焦って素っ気ない態度をとってしまう。


 でも、そんな彼女も可愛いらしく、アランはニコニコしながら愛おしげに眺めた。


「良かった。じゃあ、きみの返事を聞いてもいいですか?」


「も、もちろんですわ」


 ドキドキと高鳴る胸に手を当てて落ち着かせながら、見上げてくる彼の瞳を見つめる。


「わたくしシルヴィアーナは、謹んでアラン様の申し出をお受けいたします。世界で一番、あなたが大好きだから……」


「シルヴィアーナっ、僕もだよ!」


 承諾の返事を聞いたアランは嬉しそうに破顔し、勢いよく立ち上がると、そのまま引き寄せ思いっきり抱き締めた。


「ひゃっ!? く、苦しいですわ、アラン」


「あ、ご、ごめんなさい。嬉しくって、つい。嫌だった?」


「い、いえ別にっ。いやだという訳では……ないのですけれども。もう少し、手加減とか、していただけたなら……もっとうれしい……と思うかもしれませんわっ」


 ストレートに感情を表現するのが恥ずかしいのか、真っ赤になってつっかえながらも、自分の気持ちをきちんと伝えようと頑張るシルヴィアーナ。

 黙っていればビスクドールのように美しく、冷たくも感じる美貌なのに、こんなにも可愛い面もあるなんて、もう反則である。


 可愛さが大渋滞してしんどい……と、アランは密かに身悶え、思わず叫んでしまう。


「最高だよっ、シルヴィアーナ!」


「な、なんですのっ、突然」


「いやつまり僕は今、世界一幸せってことです! 一緒に幸せになろうね、シルヴィアーナ」


「ええ、勿論ですわ! 約束ですわよ、アラン」


「うん、約束だ」



 ――幼き日に交わした、甘酸っぱい記憶の中の大切な約束……。



 将来を約束する告白の後には、大好きな彼から約束の証として頬にキスをうけて、とても嬉しかった事を懐かしく思い出す。


 公爵令嬢シルヴィアーナ・バーリエットは、暖かな日差しが差し込む寝室で今日もまた、幼馴染のアラン・グリンドヴァール公爵令息と七歳の時に交わした、約束の場面の夢を見る。


 何度、繰り返し見ても、決して色褪せることのない幸せな瞬間の夢を……。



(夢で終わらせてなるものですか……わたくしの幸せは貴方と共に歩む未来にしかありませんもの。絶対に勝ち取って見せますわ)



 キラキラと輝く朝日に包まれる中、今宵の決戦に向けてそう固く決心するシルヴィアーナだった。







 ◇ ◇ ◇







 ――その日、社交界に激震が走った。


 事件が起こったのは、ランスフォード公爵邸にて催されたパーティーでのこと……。


 ハワード王国の現国王の王弟でもあるランスフォード公爵が主催する夜会は、社交シーズン真っ只中ということもあって盛況だった。今宵は特に多くの、外国からの客が招待されてるようだ。


 会場となった大広間では、招待客らを歓迎する為の心地よい音色の曲が流れ、詰めかけた多くの貴族たちが、和やかな雰囲気のもと談笑している。


 この季節を象徴する鮮やかな花々で豪華に飾り付けられた室内には、贅を尽くした料理が並べられ、中には異国の珍しい食材を取り寄せて作らせたものもあった。


 最先端の衣装に身を包んだ人々が、そこかしこに集まったり離れたりしながら小さな集団を作っては、社交に励み、美しく整えられた会場は熱気で溢れていた。


 そんな中、一際目を惹く華やかなドレスを纏った、年若い令嬢たちを乗せた馬車が公爵邸に到着する。


 彼女たちは他の招待客と同じように、楽しげに談笑しながら馬車から降りてきたのだが、ある一点、不自然なところがあった。


 目敏くそれを見咎めた、礼儀にうるさいお歴々の視線が集中する。今宵の格好の獲物を見つけたというように……。



 ――年若い令嬢達だけ、というのが問題だった。



 本来なら婚約者か親族の男性にエスコートされて会場入りするべきところを、女性達だけの集団で来たのだ。よほど奇異に映ったのだろう。


「まあ、奥様。ご覧になって」


「あらまぁ、正式な夜会にエスコート無しで来られるとは……ねぇ?」


「ホホホッ。きっと殿方にも、あのお嬢さん達をエスコート出来ない理由がおありになったのよ」


「まぁ、奥様ったら。年若いお嬢さん達に、そのようなきついことをおっしゃって。ウフフフッ、おかわいそうですわ」


 等とさっそく、噂の餌食になっていた。


 しかし最初こそ好き勝手に意地の悪いおしゃべりに夢中になっていた彼女達だが、その中の一人がポツリと呟いたことで様子が変わる。





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