今からおまえんち行くわ
家でぼーっとしてると、知らない番号から電話がかかってきた。いつもなら無視安定だが、一回のコールがやたら長い上に三回ほどしつこくかかってきたので通話ボタンを押す。
「こんにちは。本日は晴天ですね」
そんなマイクテストみたいなセリフが耳元に送り込まれてきた。
「えーっと、こんにちは」
通話先の声には聞き覚えがあった。声の主は、ヤクザの娘さんをボディガードしてるとかの女性だ。ただ、彼女たちには身の危険を感じたので電話番号教えてないのに、どうしてこの電話はかかってきているのかという謎に気付いて、今すぐぶっちして着信拒否してしまいたい衝動に駆られた。
しかし電話を切ろうした瞬間、言い知れぬ恐怖が背中をなぞったので、僕は少し迷ったのち、通話を続行することにした。
「実はお嬢様が、今後の探偵ごっこについて作戦会議がしたいとのことでして」
なにやらわけのわからないことを言い出した。
「あと30分もしたらつくと思うので」
「あのー、どこにですか?」
「あなたの家にです」
もちろん僕は了承した覚えなどない。
電話番号だけじゃなくて住所も割れてるらしかった。
「あの、お茶とか準備したいんで切りますね」
「はい。ではまた30分後に」
我が家にお茶もお茶請けもないが、適当な理由をつけて早々に会話を切り上げた。まあ天然水とか言って水道水出しときゃばれないに決まってる。
「今からここに他人が来るけど、おまえ、一番ぼろが出なさそうな設定はなんだ」
さしあたって、彼女たちがここに来るうえで一番の問題に声をかけた。
「うーん、さすがに兄妹っていうには顔の造形に差がありすぎるかなあ」
幸福がそう言って、悪意のかけらもないような顔で首を傾げた。
……今は緊急を要する。僕は拳を強く握りしめ、彼女の発言に対しての怒りを抑える。代わりに、あとでこいつがゲームしてる最中に、LANケーブルを事故に見せかけて引っこ抜いてやることを決めた。
「……顔が似てない兄弟親子なんて山ほどいるからその点は大丈夫だ」
「えーそうなの?」
「遺伝子なんてあてにならないもんなんだよ。両親が美形なのにこの顔の造形の僕が言うんだから間違いない」
「じゃあそうだね。兄妹でいいんじゃない?」」
僕の言い分に対して、一ミリの疑問も抱く様子もなくすんなりと納得した幸福に、とくに理由はないがすこし泣きたくなった。
それからきっかり30分後、こんこんと鈍いノックの音が玄関から響いてきた。
「こんなに小さな場所で2人で暮らしてるなんて凄いですね!」
こころさんは開幕から明らかに煽っているようにしか聴こえないセリフをぶっこんできたが、本心なんだろうから尚更怖い。
「あっちにいるのが妹です」
「どうも、妹です」
幸福はパソコンから目を離すことなくそう答えた。
オウムじゃないんだから、もう少しマシな受け答えはなかったのかと思わなくもない。どうやら愛想を振りまく気はないらしかった。
「妹さん、ちゃんと食べてますか?そりゃあこんなみずぼらしい場所で暮らしてるから予想は着きますけど、そんなに貧しいんですか?」
「過度なダイエットのせいです。不健康なのでやめさせましたのでもう大丈夫です」
眉を八の字にして聞いてくるこころさんに、あらかじめ用意していた回答を返す。
「近頃の女の子はサラダだけダイエットとか、スムージーだけとか、浮ついた減量か好きなんですよ」
さすがに苦しい言い訳だったかと思ったが、新田さんから思わぬフォローが飛んできた。
「ダイエットですか。私、いわゆるBMIというんですか?あれがやせぎみ判定から上にったことがないんですけども、太るのにも才能がいるんですかね? ああ、そういえば新田もダイエットが好きですよね。だってダイエットするために痩せてもまた太るんですから。別に近頃の女の子というわけでもないのに」
こころさんは、とびっきりの毒を含んだ言葉を自分のボデイガードに投げかけた。新田さんは、表面上にこりと微笑んているように見えるが、頬の筋肉がぴくぴくと痙攣していた。どうやら腹の底は煮えくり返っているようだった。
「ところで、妹ちゃんはなんていうんですか? 私はこころっていいます!」
こころさんはそんな新田さんのことを放置して、身をかがめて幸福に話かけた。
「幸福」
「いい名前ですね! 私、父にこういう類のものを禁止されてるからよく知らないんですけど、これってどういうゲームなんですか?」
幸福は舌打ちした後ゲーム名をポツリと告げた。
「これってどういうゲームなんですか?」
一見同じ質問を繰り返しただけに見えるが、翻訳すると、「別に名前をきいたわけじゃなくてどんなゲームかっていう具体的説明を求めたんだよ理解力チンパンジーか?」という感じである。たぶん。
幸福は今日初めてこころさんの方に顔を向けて、笑顔で口を開いた。
「ググレカス」
おそらくそれは、僕が考えうるなかでも最悪の回答だった。ゲームに使うだろうし、指とか詰めることにならなきゃいいけどなあ、という僕の心配に反して、こころさんは「ふふふ」とうれしそうに笑った
「いえ、急に笑ってしまってごめんなさい。実はこう見えて私、友達がいないんですけどね?」
こう見えてもなにも、これまでの感じから性格は割とゴミだと思ってるので、その言葉になんの違和感も感じない。
「私ってどうも人をイライラさせるのがうまいようなんですけど、裏であれこれ言うやからならたくさんいましたが、こんな風にそれを隠そうともしないのは新鮮だな、と」
そう言って彼女はまた「ふふふ」と笑う。
「外見が良ければ、中身がどうであれ異性は寄ってきそうなものですけどね」
僕は彼女が自称友達がいない勢なんじゃないかと疑いの目を向けた。少なくともこころさんの外見「は」かなりのレベルだと思うが。
「私、小さいころから女子校なんですよ。それになんというか、父親がそういう家業ですからね。親からなのか、同級生たちにそれを知られていまして」
ああ、そういえばその要素があった。
「自慢ではないですけど、学校の中では一番優れていると自負していますが、生憎と妬む人と、怖がる人と、腫れ物扱いする人かしかいなかったんですよ。そうですね、もしあなただったら、関わろうとしますか?」
相変わらずの笑顔で聞いてきた。僕は軽く考え込む。
「……そうですね。唯一近づいた異性というポジションをゲットすることで、ワンチャン彼女にできそうなので僕なら近づきますけどね」
「ごめんなさい思ったより気持ち悪い回答でした。お断りですのでそれ以上は近づかないでください」
なぜか告白したわけでもないのに振られた。ボディガードさんの口元がにやけているのが横目に入る。
「友達がいないと言いますけど、そちらのボディーガードさんとは仲がよろしそうですね」
僕が恨みがましい視線を向けると、ボディガードはすっと表情をニュートラルに戻した。
「学校の先生は友達じゃないでしょう?それと同じようなものですよ」
こころさんがわかるようなわからないような例えをする。
「彼女はやりばのない母性を私で発散してるだけですから」
そしてボディガードさんの方を見て、言い忘れていたかのようにそう付け加えた。……なぜトゲを仕込むのだろうか。
「ご安心してください。母性のやり場は近いうちにできるので」
「去年も一昨年も同じ台詞を聴きましたけどね。子供の作り方、知ってますか? まずパートナーが必要なんですよ?」
割り込む隙もなく、二人の間で言葉のドッジボールが飛び交っていく。
僕はそんな彼女たちのやり取りを見て、ああ、うらやましいなと思った。
なぜならまるで躊躇のない殴り合いは、きっとどちらも傷ついても良いと思っているわけではない。超えてはいけないラインというのを熟知しているからで、これが彼女たちの普段の会話なのだということがなんとなくわかるから。
彼女は否定したし、実際その関係性は友達とは言えないのかもしれない。けれど、僕は彼女たちの空気感に確かに絆のようなものを感じて、それがうらやましかった。
なぜなら幸福の僕に対する気安さというのは、絆とかいう類のものではなくて、どうでもいいという無関心さからくるものだろうから。
「ところでググレカスってなんなんでしょうか」
新田さんとのじゃれあいが終わったらしいこころさんが、懲りずに幸福に話しかける。幸福はこのまえ興味本位で青汁を飲んだ時と同じしかめ面になっていた。
……結局あの人たちはそのあとも事件について一ミリも話すことなく帰っていったけど、なんなんだろうか。
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