見つけたところでなんだというのだ

 あれからニュースに新たな犠牲者は報道されていない。少なくともまだ。


 僕はなにかと理由をつけて外に出ては、あの時幸福が指さしていた付近で犯人の男を探していたが、めぼしい成果は得られていない。それに見つけたところで、僕になにができるというのだろうか。例えば……。


 僕はふとスマホを取り出して、着信履歴から電話をかけてみた。


「こんにちは!正直そちらから連絡がくるとは思っていませんでしたけど、なんでしょうか!」


 こころさんのはきはきとした声が耳をつんざく。電話越しでも、彼女のあのニコニコ顔が容易に想像できた。


「……こんにちは。あの、いきなりなんですけど若干失礼なことをきいてもいいですか?」

「ええ、遠慮なんてしないでなんでも聞いてください」

「ヤクザって暗殺とかやってたりしますか?」


 ブチリと通話が切られた。間を置かずにかかってきた着信に出る。


「すいません。本当に失礼なことを聞かれたので思わず切ってしまいました。」

「いや、こちらこそすいません」

「それにしても、あなたみたいなそこらに生えてる毒にも薬にもなりそうもない雑草みたいな人でも、殺したい人がいるんですね」


 ……一般人をとてつもなく悪意ある言い方で表現すると雑草になるのだろうか。


「むしろ人生の中で人を殺したいと思ったことのない人の方が普通じゃない気もしますけどね」


 ……それっぽいことを言ってみたものの、僕本人はいじめられていた時でさえ、いじめてきた人たちに対して死んでしまえばいいと思うことはあっても殺したいと思ったことはなかった。「死ね」と「殺したい」という思いには大きな隔たりがあるのだろう。


 だから僕はこころさんにすっとんきょうなことを聞いてしまったのだ。


 僕は犯人を見つけたとして、自分でなにかをするのは怖かったのだ。だから、安易に他人にどうにかしてもらおうと考えた。こんな時ですら保身に走る臆病な自分に嫌気が差す。


「なんと、それはおちおち街中を歩けませんね」


 彼女は「まあこわい」とおびえたような声を出した。たぶん、あなたに関してはあのボディーガードがいるから、殺気でも向けた瞬間にそいつの首が飛びそうな気がするけども。……物理的な意味で。


「あ、そういえば明日またそちらのお宅に伺うことにしましたのでよろしくお願いしますね」「え、ちょっと」


 こころさんの唐突な宣告を、了承も否定もする間もなくブチリと通話が切られた。……まあいいか。犠牲になるのはなぜか気に入られている幸福だろうし。




 ……例えば、連続殺人の犠牲者が増えたら幸福はどう思うのだろうか。あいつも僕のように見て見ぬふりをしている罪悪感にさいなまれるのだろうか。どうもそういう場面はあまり想像できなかった。


 例えば、僕が犯人を殺めてしまったとしたら彼女はどう思うのだろうか。


 僕はそんなことを考えながら、今日も犯人を探した。見つけたら、僕はどうするのだろうか。





「おまえって犯人のことどう思ってんの」


 家に帰った僕は、みかんをほおばる幸福にそう切り出した。


「急になに。どう思ってんのってどーゆうこと?」

「ほら、犯人さんはおまえを誘拐犯から解放してくれたわけじゃないか」

「んーどうだろ。それを言うなら、誘拐犯も両親から解放してくれたわけだし。それに解放されたというより、世間に野放しにされたって感じが強いと思うけどなあ……。」


 幸福は目をつむって、「うーん」とうなる。


「そうだなあ。私は悪いことをした人は、ちゃんと捕まってほしいかな」

「……そうか。なんかふつうな答えだな」

「はて、なにか文句でもあるというのかね?」


 なんだその紳士っぽい喋り方は。


「別にないけど」


 


 実のところ文句はあった。僕は彼女のごくごく一般的な回答に不安を覚えたのだ。


 もしかしたら、彼女が犯人を捕まえるためならと彼女らしからぬ正義感を出して、警察に行ってすべてを話すかもしれないと思ったから。もし彼女がそうしようとしたら、きっと僕は止めるだろう。


 ……僕はもうなんとなく気づいていた。警察に行けば、虐待されていた幸福はしかるべき対処をされて、親元に戻されるなんてことはないだろうと。


 それでも僕が警察に幸福のことを言わないのは、別に幸福のためなんかじゃなくて、僕が彼女を取りあげられたくないためなのだ。



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