友達?興味ないね
「そうだ。いじめの対策についてなんだけど、結局いじめられるっていうのは運だからどうしようもないという結論が出た」
バイト終わり、例のごとく勉強をしていた崎森に、いじめについて僕と幸福が話して出した結論を伝えた。
「……本当に期待してなくてよかったです」
崎森は深いため息をついたあと、ゴミでも見るような目で僕をにらんだ。
「あっ! けど、あれだあれ! バイト先だとか、ひとまず僕がいるときはなんとかできるように努力はする」
「良い心がけですね」
慌ててそう付け足したことで、崎森から向けられる視線がかろうじて人用に戻った。
「でもうーん……」とうなって、崎森は僕の頭からつま先までじろじろと品定めでもするかのように眺めだす。
「さすがに女の子相手なら勝てますよね?」
「脳内でなら余裕だな」
なんならテロリストも余裕である。
「うわあダメそう……」
それが事実だとしても本人の前でその反応はどうなのか。
「そういえば武田さんって大学生なんですよね」
「そうだな」
「大学生を自称しているフリーターとかではないですよね」
「お前張り倒すぞ」
「え?訴えますけど?」
即座にそう返されて、僕は「冗談じゃないっすか崎森さ~んへへへ」とへこへこ頭を下げた。
「大学ってどんな感じですか?」
「聞きたいのがなにかにもよるが」
「なんというか、交友関係的なやつは」
「安心しろ。大学は一人になろうとすればいくらでも孤独になれる場所だ」
「その情報から何一つ安心出来る要素を見いだせないんですけども……」
崎森お得意の「もう死ねよ」とでも言うようなじっとりした視線が刺さる。
「大学はぼっちに優しいんだ。人と関わらなきゃいけないところなんてゼミぐらいだから、サークルに入らないとゼミ以外で学生と一切関わらないということもあり得る」
「かわいそうに。見事なまでに灰色の学生生活じゃなですか」
「……ほっとけ」
崎森が「うっうっ」とわざとらしい泣き真似をしながら口に手を添える。
僕なりに人間関係に気を使う必要がないから心配するなと気をつかってやったというのにこの言われようである。
「それよりなんだ。進路の悩みか? おまえまだ二年生だろ」
「もうすぐ三年ですけどね」
ああ、そういえば僕も春から2回生になるわけか。
「今、学校での既存の友達というのは木っ端みじんに消え去ったわけなんですけど、悪評のせいで新しい友達を作るのも無理そうなんですよね。そうなると学校外ってなるんですけど、そしたら『あれ、友達ってどうやって作るんだっけ?』ってなりまして」
なんだか社会人みたいなことを言い出した。
「そんなもん僕に聞かれてもわからないぞ」
「それは十二分にわかってるんで大丈夫です。だから高校はもうあきらめて、大学に望みをかけようかなあと思って話を聞いたわけですけど……」
崎森はそう区切って、僕をじろりとにらんだ。
「なるほど。僕の話は役に立たなかったと」
「はい。まったくもって。友達って自然にできるものじゃなかったんですねー」
そう言って、崎森は今日一番の溜息をついて机にうつぶせた。
どうやら相当まいっているようだ。しょうがない。ここは人生の先輩として僕が一肌脱いでやるとしようじゃないか。
「心配するな。僕が友達に「いえ謹んでお断りします」なってやるよっておい」
食い気味で断られた。手のひらをこっちに向けてゾーニングもバッチシな完全拒絶体制である。
「いやおかしいだろ」
「あー、なんか気持ちの悪いにやけ顔と上から目線がいらっと来たのでつい」
言いながら、崎森はぺろりと舌を出した。
「つい」で人の頭に自殺という単語をよぎらせるんじゃない。
「冗談はともかく、友達なんていうのは生きていくうえでそんなに重要なファクターじゃないじゃないか。なにをそんなに必死になってるんだ」
「……武田さん、人生というのは誰かしらと関わらないと生きていけないんですよ」
崎森は慈悲に満ちた顔で、諭すように言ってきた。
心底むかつく顔だが、言い分はわかる。
確かに人はどうあっても人とかかわらないと生きていけない。しかし、友達が必要かはまた別だ。
配達のお兄さんと友達じゃなくたって商品は届くし、近所の人と友達にならなくとも近所づきあいはできるし、となりの席の山谷君と仲良くしなきゃいけない必要もない。
そりゃあ友達がいることは人生を充実させるのかもしれない。けれど、いなくたってどうとでもなるのである。
友達がゼロになった瞬間に爆散するわけでもあるまいし、別に「友達がいなければならない」理由はどこにもないのだ。
という、僕が前々から寝る前とかにちょこちょこ考えていた持論を懇切丁寧に説明したところ、崎森は「なるほど」と顎に手を当てて深く頷いた。どうやら僕の素晴らしき持論に感銘を受けたようでなによりである。
「そんなことを考えてるから武田さんは友達が出来ないんですね」
「そっちに納得するな」
お前はいったい何を聞いていたのか。
崎森は「完全に人選ミスなので、店長に聞くことにします」なんて溜息をついて店長の肩をぐらぐらと揺さぶった。
「ん?どうしたの?」
「店長って大学時代って交友関係とかどんな感じでした?」
「え?大学? 図書館で本を読んでた覚えしかないよあんなとこ」
「じゃ、じゃあ友達ってどうやって作るんですかね」
「友達? 幼稚園のときに一人いた気がするかなー」
どんどん崎森の笑みがぎこちなくなっていった。
「それでどうしたのさ?」
「いえ、やっぱりなんでもないです。読書の邪魔してすみませんでした」
店長の回答はおおかた予想通り……いや予想よりもひどかった。
崎森はふてくされたように、机に広げたノートとにらめっこを始めた。
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