おまえみたいなやつ、孫の顔が見てみたいわ! by母親

 

「あーあ、男のクズ度を数値化してくれる眼鏡とかないんですかね」


 なんだその嫌なスカウターは。


「どうしたんだ急に……」


 バイト終わり、僕が休憩室に入った瞬間、崎森がそんなことを言い出した。


「いやー私、ゴミクズにつかまっちゃったわけじゃないですか。初彼氏がゴミクズという経歴が未来永劫ついて回るわけですよ。そういう装置があればあんなことにはならなかったのになーっと」


 僕は崎森が闇落ちして「いやー、私クズ度が一定数以上の男を処刑していこうと思うんですよねー」とか言わなくて安心した。


「私、今回の件がトラウマすぎて、これから先こいつも顔は良いけど実はクズ野郎なんじゃないかって疑心暗鬼になって純粋な恋愛ができないかもしれません」

「トラウマなあ」


 すでに元カレをゴミクズ扱いしてるあたりへっちゃらそうではあるが。しかし強がっているだけで、もしかしたら見かけよりもダメージがでかいという可能性もあるか……。


「やっぱり顔だけで判断しちゃったのが良くなかったんじゃないか? まあ、いつかお前が外見も中身も、全部ひっくるめて心から好きだって思えるやつが現れるさ」

「武田さん……」


 崎森はそうつぶやいて僕の方を見た。そう、僕は人生の先輩なのである。このくらいのアドバイスなどちょろいものだ。これで彼女も少しは僕に敬意を払うだろう。


 そんな風に考えていると、すっと彼女の表情が真顔に変わる。


「恋愛について童貞になにを言われようとも説得力皆無ですよ」

「もう童貞というところを否定はしないが、清い交際をしているが故の清き体という発想はないのか」


童貞イコール恋愛未経験というのは偏見である。


「でもしてませんよね?」


 してないけども。


「私とかもういろんな男をキャッチ&リリースですからね」


 言いながら、崎森はふふんとささやかな胸を張る。


「いやおまえさっき初彼氏とか言ってただろ」

「ぐっ」


 そう指摘すると、崎森はスリップダメ―ジを食らったみたいなうめき声を出した。


 はい論破―。


「普通、処女の方が好きなやつは多そうなもんじゃないか?」

「……知ってます? 武田さんみたいな顔面の人が私みたいな美少女に向かって処女って言うとセクハラになるんですよ?」


 崎森が腕で胸を隠すようにして身をよじる。顔は関係ないだろうが!


「だ、だって経験豊富な方がなんか大人な女性っぽくてかっこいいじゃないですか!」


 謎の逆ギレをされた。その発想自体が背伸びをする子供みたいだということには気づかないらしい。


「それ、世間ではビッチって言われるんだぞ」

「経験豊富って女同士の会話だと英雄になれるんですよ。そういう系の話、女の子大好きなんですもん」

「で、得意ぶって吹いていたホラがいじめられるときの攻撃材料にされたと」

「ぐぐっ」


 崎森がまたスリップダメージを食らう。


「やーやー若人諸君。古本屋で新品だ中古だの話をするのは皮肉だとおもわない?」


 さっきまで本に意識を持っていかれていた店長が頬づえをついて僕らを眺めていた。


「白帆さん。その処女じゃないと中古みたいな言い方はさすがに私も引きます」

「私はベつに中古を悪いとは思わないけどね。中古だろうとなんだろうと中身は同じさ。少なくとも本の話だけどね。人間の場合はほら、ねぇ?」


 そんな含みのある「ねぇ」を言われましても。


「いい大人が下ネタをふらないでくださいよ」


 触れにくいったらない。


「あっ、白帆さんって結婚とか興味ないんですか? 恋愛話とか聞かせてくださいよ!」


 そう言って机に乗り出す崎森の目はキラキラと輝いていた。


「女の子はその話題がすきだねえ。困ったことに、当の昔に女の子じゃなくなったやつらも好きなんだよねえ」


 店長は遠い目をして虚空を見つめた。どうも様子がおかしい。


「周りの人によく聞かれてるんですか?」

「そりゃあ私の親とか特にね」


 僕の質問に「やれやれ困ったもんだよ」と店長が肩をすくめた。


 あの店長……それはおそらく孫が見たいからで、女の子だからというより母親だからこそだと思われます。


 横では崎森も、「あー……」と僕と同じようになにかを察してしまった顔をしていた。


「別に興味がないってわけじゃないよ。ただ顔が良くて安定した収入があって私の言うことを聞いてくれて余計なことをしゃべらなくてさりげなくて嫌味じゃない気遣いをしてくれる人ならだれでも良いのにね」


 ……店長には頑張って、気配り上手で日本語が達者な石油王さんでも探して欲しいと思う。


「と、ところで白帆さんは中古なんですか? 新品なんですか?」


 と、崎森が笑みを引きつらせながら聞いた。


「……年季が入ると新品の方が価値がさがるなんておかしな話だよねぇ」


 店長は崎森の質問に直接的には答えなかったけども、その荒んだ目を見て僕らはすべてを察した。それから崎森が恋愛ネタを店長に振ることはなかった。

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