タイミングを逃すと聞きにくいことナンバーワン
「そういえばさ、おまえって名前なんていうの」
近頃、こいつを呼ぶ名前がないのが不便に感じ始めた。タイミングを逃したのもある。だが同時に虐待されていたらしい彼女にもし名前というものが付けられていなかったら気まずいったらないというのも、ここまで聞くに聞けなかった要因となっていた。
「幸福だよ」
あまり一般的ではない名前に、すこし嫌な予測をしてしまう。
「それ、自分でつけたんだろ。センスないな」
僕は、顔をしかめてしまうのを我慢して、なんでもないような口調でそう返す。
「えー、名前ってこうなったらいいなって願望を込めるものじゃないの? 最高の名前だと思うけど」
外れてればいいなと思っていた僕の予測を、彼女はあっさりと認めた。まあ彼女の主張は間違ってはいない。
「……まあ人生50でやっと折り返しって言うしな」
「なにそれ、どういう意味?」
こてんと首を傾げる幸福に、僕はどう説明したものかと頭を巡らせた。
……特にたいした意味はない。こいつがこれまで過ごしてきた人生はその名前とは程遠いだろう。でも、仮に人生が100年とするのなら、あとの残りの人生を幸せでいっぱいにできたなら、こいつは名前通りの人生を送れたと言えるのではないか。そう思っただけだ。ただそれをこいつに伝えるのが何故かはばかられた。
「バカにはわからん意味だ」
少し考えてから、きょとんとした様子の彼女を小ばかにするようにそう返すと、コップが飛んできた。
……そもそも、こいつにとって僕と過ごす日常は幸せなんだろうか。言葉の意味を説明しなかったのは、それを確かめるのが怖かったからなのかもしれない。僕は転がったコップを拾いながらそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます