ヘッドホンとヘッドセットは違うらしい



「外に出るなんて珍しいね」

「んー、ただのバイト」

「へー。まあお金大事だもんね。どんどん稼いできてくれたまえよ」


 外に出る準備をしている僕に、幸福はまるで他人事のようにそう言った。


「なおバイトの理由はこの前のゲーミングPCによる出費なわけだが」

「実は欲しいヘッドセットがあってぇ」


 幸福は腹がもたれそうな甘ったるい声ですり寄ってきた。なんて厚かましいやつなんだ。


「あれか。イヤホンじゃない方か」

「ヘッドホンじゃないよ、ヘッドセットだよ?」

「だいたいおんなじだろ」

「ぜんっぜん違うよバカだなあ」


 こいつは本当に人に媚びる気があるのだろうか。少なくともこれからモノを買ってほしいやつの態度ではない。


「ヘッドセットにはマイクがついてるんだよ」

「それ、いる?」


 ほら、ほとんど同じじゃないか僕に謝れ。


「マイクがあるとゲーム相手と通話できるんだよ。通話しながらだと勝率が上がるらしいんだ。キッズのこと煽れるし」

「煽るな」


 他人の不幸をおかずにご飯を三杯食えそうな同居人の人格が不安になる今日この頃。こいつの性格が歪んでいるというのは初対面から気づいてはいたので今更ではあるが。


「おまえも少しはなんか手伝おうかなー悪いかなーと良心の呵責はないのか」

「がんばれーがんばれー」


 僕がそう訴えると、彼女は唇に手を当ててちょっと考えるそぶりをした後、棒読みでそう言いながら、尻をふりふりと振りだした。


「何してるんだおまえは……」

「応援してあげてるんだよ」


 僕の疑問に、幸福はむしろおまえが何を言ってるんだと言わんばかりの真顔でそう答えた。


「なるほど。理解した」

「そう?ならよかったね。まったく物分かりが悪いってのも大変だねえ」


 僕をバカにしながら機嫌よさげに笑う幸福を見て、彼女には金銭面の負担とか、僕への罪悪感は全くないらしいことが本当によく理解できた。


「お前も動画投稿サイトでゲームでもたれ流したらどうだ。声がいいんだから金稼げたりするんじゃないのか?」

「それは配信や声で食べてる人たちを舐めすぎだよ。声がかわいいだけでやっていける世界じゃないと思うよ?」


 僕の提案に、幸福はちっちと人差し指を揺らした。いったい何様視点のつもりなんだろうか。


「そんなもんか?」

「そんなもんだよ」


 そんな会話をした後日、バイトからいつもより早く帰ったところ、この間買った無駄に光るヘッドセットをして、無駄に光るパソコンに語り掛けている幸福を見た。いわゆるライブ配信というか、動画というか、よくわからないがその類のことをしてるようだった。


 そういえば、ヘッドセットを選ぶのは会話をするためと言っていたが、もしかしたら配信するためだったのかもしれない。

 

 とりあえず知らないフリをして泳がせておくことにした。チャンネル名はあとでチェックしておくことにしよう。そう決めて、僕はほくそ笑んだ

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