引きこもると心に決めたからこそ、外に出なければいけない時もある
「ねぇ、スーパー連れてってよ」
「なんだ気持ち悪い」
「その言い草は流石にひどくない?」
いつものごとく、幸福はぶーぶー言い出した。
だっておまえ、家から出たら負けだとか思ってそうな人種だもの。
「引きこもり生活をする上で、買い物は頼むわけじゃん? どんな品揃えなのか、見ないと何があるか分かんないから頼めないじゃん。これから頼む上で必要だと思うんだよね」
なるほど。自分で買いに来る気はさらさらないと。
勝手にネットでポチポチしないだけマシなのかもしれない。やり方をまだ知らないだけという恐ろしい可能性もあるのだが。
我が愛車である神風号の後ろに乗せて、いつも来るスーパーを案内した後、「あれ買ってこれ買って」すら言われず、無言でいつのまにかカゴに追加された商品たちを両手にぶら下げて外に出た。
自転車を止めた場所に戻る途中、僕の横に並んでいた幸福がぴたりと足を止めた。
振り返ると、彼女はじっと一点を見つめていた。
「何見てんだ?」
視点の先を辿ると、道路を挟んで一人の男が歩道を歩いている。彼を見ているようだった。彼女は男を指さして、淡々と言った。
「あれ、犯人だよ」
……犯人という単語がなにを指しているのかを理解するまですこしだけ時間がかかったが、おそらく監禁してたやつらを殺したやつだろうと気づいた。
幸い、声は届かなかったらしく、男はそのままの足取りで遠ざかっていった。
「……じゃ、じゃあ、荷物も重いし、さっさと帰るか。」
「そうだねー重いよね」
「いやおまえは一グラムも荷物などもってないのにそうだねじゃないが」
「重い荷物を持ってる君を気遣っているのだよ」
「本当に気遣っているなら荷物をすこしでも持とうとは思わないのか」
「がんばれーがんばれー」
すこしも荷物の重さを軽減しないエールを受けて、僕たちは犯人を見なかったことにして帰路についた。
「……てっきりおまえが犯人かと思ってたよ」
帰る途中、僕がぽつりとそう言うと、
「そもそも連続殺人なのに、監禁されてた私が犯人なわけないじゃん」
「あーそっか。冷静に考えればそうだよなぁ……」
「君は探偵になれないねぇ。だって私より馬鹿じゃーん」
今まで受けてきたどんな煽りより煽り性能の高い言葉を返されて、握りしめたこぶしが破裂しそうになった。
「でもまあ、少なくともあの人たちは殺されちゃっても仕方ないかも。だって、ヤクザのお金横領しちゃったみたいだし、男の方はもともとはヤクザだったみたいだし。たぶん恨みなんてそこら中から買い放題だよ」
「それ、どこ情報?」
「そりゃあ曲がりなりにもあの夫婦と長年同じ屋根の下でしたから」
「なるほど」
これほど説得力のある情報元ももなかなかない。
「私のこと、誰かと間違えて誘拐しちゃったみたいだけどね」
「おまえガリガリで、汚かったんだろ? いくら顔が似ていたとしても、間違えるか?」
僕は疑問に思った。誘拐しようとしていたやつもガリガリだったんだろうか。
「あそこは親が居ないときなら勝手に体も洗えたし、勝手にご飯もに食べれたから。気づかれたら、殴られるんだけどね。だからあの時は、そこまで過剰なほど痩せても汚くもなかった……はずかな。殴る場所とかも、一応外から見た時にわかりずらいとことか、跡が残らないようにとか、無駄に気を配ってるみたいだったし。まあ、あんまり鏡とか見なかったからわかんないんだけどね」
「……ふーん、そうか。」
最初に会ったとき、幸福は誘拐されてからの方がマシだと言っていたのを思い出した。不衛生で、飯もろくに食べられない。その環境がマシだと感じてしまうほど、彼女の両親の暴力はひどかったという事実に、家につくまで僕の頭の中はどろどろと淀んだままだった。
……幸福が犯人を指さした時、善良な一般市民ならすぐさま警察に通報するべきだったのかもしれない。でもなぜ犯人と思ったかという根拠を説明する際、こいつのことを話さなければいけないと思ったら、通報するのが躊躇われた。
結局一日悩みに悩んだけど、僕が警察に行くことはなかった。自分でもびっくりだが、僕はこの町の安全より、小汚いガリガリの女を優先したらしい。
どうやら自分が善良ではなかったらしいという事実に、この二十年の人生で初めて気付いてしまった。
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