校外で知り合いに会いたくないのは陰キャだけではないらしい



 僕は幸福に食い荒らされていた冷蔵庫の補充のため、スーパーへと足を運んだ。すると店内でフードを深くかぶってマスクをした、ザ・不審者を発見した。


 不審者の履いてる靴や背丈、きょろきょろしたときに見える前髪や顔がバイトの同僚に酷似している気がしたが、たぶん気のせいだ。


 なまじ本人だとしても万引きの最中だとしたら、声をかけると「この人にやれって言われました」って万引きの罪をなすりつけられる可能性もある。


 僕はなめらかに絶を発動して彼女の視界からフェードアウト「ちょっと武田さんいいところに!」できなかった。


 僕に気づいた崎森がしゃがみ歩きでこっちに寄ってきた。フードが黒みががった茶色なこともあって、その動きはゴキブリを彷彿とさせる。端的に言ってちょっとキモかった。


「ちょっと助けてください。ってなんでそんなかわいそうなものを見るような目をするんですか」

「今の自分の姿を省みるんだな」


 なぜか崎森は小声だった。


「あのですね。私がこんな奇行に及んで、武田さんなんかに助けを求めるのには当然訳があるわけですよ。」

「ほお?」


 その、「武田さんなんかに」のくだりの「なんか」の部分ははたして必要あったのだろうか。


 どうやら崎森は僕「なんか」に助けを求めなければならない訳を話したくて仕方なさげなので、聞いてあげることにした。僕は空気が読める男である。


「なんで崎森様が僕なんかに助けを?」


「ちょっとそっちの方にクラスメイトがですね……」


 彼女の口からでてきたのは、予想を裏切らずしょうもない理由だった。無意識に溜息をもらした僕に、崎森から足を踏んずけられるという制裁が与えられる。


「なにをするんだ深呼吸しただけなのに」

「……本当ですか? 今は緊急事態なんでとりあえず置いといてあげますけど」


 どうやら切羽詰まっているのは本当のようだった。崎森は懐疑的だったものの、僕の猿でもわかる嘘がそれ以上追及されることはなかった。ちょっろ。


「別にクラスメイトなんてちょっと会釈とか、乾いた笑いとか浮かべとけばいいだろ」

「どうせなら潤った笑いを浮かべてくださいよ……。なんていうか、知り合いに外で会うのって嫌じゃないです? 」

「それはわかるけども」

「そうでしょうそうでしょう」


 崎森はうんうんと頭を上下に振った。わかるけども、明らかに友達の多そうなこいつからそんなセリフが出たのは意外だった。外で知り合いに会いたくないのって陰キャだけじゃなかったのか。


「むしろおまえは外で知り合いを見つけたら、意味もなく高い声できゃっきゃしてそうなイメージだったけども」

「前々から思ってたんですけど、やっぱり武田さんって私のことバカにしてますよね」

「バカにはしてない」


 バカだとは思ってるけど。


「あ、そうだ。そんなことより私今困ってるんです。だから助けてください」


 よくもいけしゃあしゃあと……とも思ったが、前々から彼女の僕に対する態度が店長と比べてあんまりだと思っていたところなので、ここで借りを作って見直させるのも悪くないかもしれない。


 しかしなあ……。改めて中腰フードの崎森を見る。僕も知り合いに会うのは嫌だが、ここまではしない。これじゃあまるで肉食獣から隠れる草食動物だ。


 彼女が「やばっ」と声をもらして、僕の背中ににぴったりと張り付いてきた。少し遠いが、今しがた僕らのいる通路に入ってきたのがクラスメイトらしい。三人組でなにやらゲラゲラと笑いあっていた。


「僕はお前が隠れられるほど太くはない」

「ちょっとそれ私の横幅が隠し切れないほどにデブって言いたいんですか!」


 小声で怒鳴るという難しそうなことをしながら、崎森は僕のふくらはぎをつま先でがしがしと蹴ってきた。地味に痛い。


「つーか、さっさと帰ればいいだろ」

「お母さんに今日の晩御飯の買い物頼まれちゃってるんですよ!」


 なるほど。いかに彼女が僕に対して失礼を働いているとはいえ彼女の母親さんに罪はない。


「後払いで、僕が頼まれた品を代わりにに買ってもいいけども」


 こいつ相手だと金が返ってくるかが少し不安ではあるが。


「だからあいつらがあのお菓子コーナーに食い入っているうちにメタルギアして外に出るなり、あいつらが居なくなるまでトイレでやり過ごすなりしとけよ。買ったら連絡するから」

「それマジですか!?」

「ここで嘘だよバーカってゲス笑いするほどはおまえに恨みないし」

「ぜひお願いしま……あれ?その言い方だと多少は私のこと恨んでるってことになり「ほら、おまえのクラスメイト、買うお菓子が決まりだしたみたいだけども」

「じゃ、じゃあ私、トイレに立てこもってるんで、奴らがいなくなったら連絡してください。買うものはラインに送っておくんで」


 崎森はそう言ってそそそそっと中腰のまま、素早く無音で離れていった。やっぱりなんかきもい。


 しばらくして、通知が来た。どうやら無事トイレに逃げ込めたらしい。

 

「……カレーか」


 そこに書かれていた食材から今日の崎森家の晩飯が判明した。いいよな、カレー。世界一うまいもん。


 あと金はちゃんと返ってきた。


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