反撃の崎森
「武田さんって人に好かれたいって思います? てか、人に好かれたことありますか」
崎森が急に喧嘩を売ってきた。近頃のこいつは勉強の集中が切れるたびにちょっかいをかけてくるようになった。
「好かれたいとは思うが、好かれる努力をしたいとは思わない」
「ゴミじゃないですか」
「ありのままの僕を愛してもらいたいんだよ」
「ものは言いようですね」
崎森は僕の主張を鼻で鼻で笑い飛ばした。
「……私みんなに好かれるようにって思ってたんですよね」
「それは無理だな。なぜなら僕は八方美人が嫌いだから。少なくともみんなから好かれることはできない」
「なお、みんなという定義の中に武田さんは含まれていません」
やめろ、しまいには泣くぞ。
「だから私、いじめられて結構ショックでかかったんですよ。敵を作らないように、人気者になろうと頑張っていたのに、その真逆の状況に陥ったわけですからね」
「周りの味方、中立表示だと思ってたやつらが全員エネミー表示に変わったようなもんだもんな」
確かに、僕みたいに最初から周りが全部敵だと思っているよりも受ける衝撃は大きいのかもしれない。
「好かれなければ価値が無くて、学校中で嫌われるようになった自分はなんの価値もないゴミだって思ってました」
「……それは違うんじゃないか?」
「そうなんですよ」
「は?」
崎森は「ですよねー。わたしに価値がないわけがないんですよねー」とうんうん頷いていた。
僕はこいつ病んでんなー、よし励ましてやるかと思っていたのに、予想に反した崎森の超軽い反応に困惑した。
「私今、ちゃんと楽しいんですよね。むしろ学校で人気者してた時よりずっと。店長と話して。たまに武田さんで遊んで」
「おい」
僕「で」ってなんだ。
「最近気づいたんですけど、みんなに好かれる必要なんてどこにもなかったんだなって。だってどれだけ敵がいてもへっちゃらだって思えるくらい、今の私には頼もしい味方がいるんですよ? そう思ったら、いじめられてるとか、どうでもよく思えてきてですね」
「我が軍は圧倒的なのです!」そう叫んで、崎森は腰に手を当てえっへんと胸を張った
「だから、そろそろ反撃しようと思います」
「反撃?」
「まあ、それは明日話しますよ」
「とにかく私は救われましたから。主に店長とか店長とか、京子さんとか京子さんとかのおかげで」
おい僕、僕の存在が抹消されてる
「冗談ですよ。武田さんはストレスの発散場所として最高のサンドバックです」
……扱いが抹消より悪くなった。
崎森は、それから僕がどれだけ聞いても反撃とやらの内容を教えてはくれなかった。
そして、宣言通り次の日、
「ということで私、保健室登校することにしました。テストで点数を確保すれば、内申点とかは。どうにかしてくれているらしいです」
「それは、よかったな?」
バイト終わり、崎森のもたらした情報が処理できず、僕は適当な返事しかできなかった。
「なんで疑問形なんですか。まあ、そろいもそろって教師たちが可愛そうな目で見てくるっていうのはちょっと悔しいというか、ムカつきますけど。でも私は私がかわいそうじゃないってわかってるので、いいです。せいぜい教師たちの同情を内申点に変換してやりますよ」
唐突すぎて話が右から左に流れていくが、一つわかったことがある。
「いじめの件、家族と学校に話したんだな」
「はい。親にも学校にもぶっちゃけちゃました。言ったら結構すっきりしてますよ」
「……おまえ、すげーな」
それは心の底から出た賛辞だった。
それがどれだけ勇気のいることかを、僕は知っている。……いや、当時言えなかった僕にはその勇気を計ることなんてできないのだろう。
「もう父親は泣くわ、お母さんは学校に殴り込みに行こうとするしで大変でしたよ……。で、転校を進められたりもしたわけです」
崎森は、額に手を当てて溜息をついた。父親と母親の行動が逆な気もするけど、どうやら気のお強い母親らしい。
「でも私、まだあんないじめなんかに負けたつもりはさらさらないんで。絶対転校なんてしませんけどね」
そう言う崎森は、ぞっとするくらい力のこもった目をしていた。
「どうだ。私はいじめなんかに忙しいお前らの一億倍楽しい青春をしているんだぞ。だから別にいじめられたから負けってわけじゃない。むしろいじめなんか陰湿なことにご執心なおまえらや、それを見て見ぬふりしてるやつらより私の方が1億倍は人生を楽しんでいるから私の勝ちだ! あとお前は元カレでもないゴミカスだ! という風なことを全校集会中に壇上から叫んでやりました。いやーあいつらの顔、見せてあげたかったですよ」
崎森はそう言って、「くくくく」と完全に悪役がする笑みを浮かべていた。
昨日から崎森の言動がどこかおかしかったから、頭のねじが緩んだのかなーと思っていたけれど、すこし違った。ねじは完全に外れてしまっていたらしい。やっていることが普通にテロ行為である。
ていうかこいつ、いじめはどうでもよくなったとか言っておきながらめちゃくちゃ根に持ってるじゃないか。
勉強も、なんだかんだ言いながら休憩室でいつもしてるし、よほどいじめてきたやつらを見返したいという思いが強いのだろう。
「おまえ、ちゃらちゃらしてるわりに負けず嫌いだよな」
「負けるのが好きな奴より良いと思いません? 少なくとも私は負けても仕方ないなんて思う奴にはなりたくないですし、負けず嫌いの自分が結構好きですよ。わたし、嫌いなものや人は多いですけど、わたしはわたしのことが大好きですから」
崎森はそう言って、不敵に笑った。
まったく執念深いやつである。けどそれは、いじめっこにびくびくしているよりもよほど崎森らしいと僕は思ってしまった。
「……嫌なやつだ」
僕はそうつぶやいた。こんなに嫌な奴なのにどうも嫌いになれないあたり、実に嫌なやつだ。
「……そうです。私、嫌な奴なんですよ」
珍しいことに、崎森は言い返してこなかった。
「私、バイト入ってきた武田さんにちょくちょく絡んでたじゃないですか」
崎森が、言いづらそうにそう切り出した。
そういえば、初対面からぐいぐい絡んできた気がする。
「それっていじめにあって、自信がなくなって、不安で。そんな自分の魅力とかを確かめたかったからっていうか、なんというか。好意を向けられて、自分は優れた人間なんだって再認識したかったからっていうのが大きいんです。自分で言うのもあれですけど、私割と最低ですね」
「割と?」
「……なんですか、泣きますよ」
そう言う崎森からは泣くどころか、殴ってきそうな雰囲気しか感じなかった。
「なんでそこでめんどうくさそうな顔するんですか! 励ましてくださいよ!」
「いや、だってホントにめんどくさいし」
「とにかくですね! これから絡みにいくときはそういう邪念はいっさい無しなんで、そこのところよろしくということです!わかりました!?」
正直に答えただけなのに、見事なまでの逆ギレである。ほら、やっぱりめんどくさいじゃないか。
「わかったけど、ウザがらみはやめてくれよ」
「大丈夫です。だって私うざくないですし」
そんな寝言をほざく崎森に、僕は全身を活用してクエスチョンの意を表現した。
脛を蹴られた。痛かった……。
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