バイトを辞める理由はだいたいが人間関係


 僕は最近始めたバイト先である古本屋に来ていた。今日は店員としてではなく、客としてだけど。


 雇い主、いわゆる店長さんはずっと店の奥で本を読んで出てこない。店長は白帆ゆりさんという女性で、歳は20代前半か後半か。


 外見については特筆すべきところが2点ある。それは眼鏡をかけていて胸がでかいところ。


 彼女は大の接客嫌いらしく、どうしても接客しなきゃいけないとなったら店を閉めると冗談なのか判断に困ることを言っていた。少なくとも目は本気だった。

 

 自分が読みたい本の買い取り価格を上げているらしいし、彼女にとってこの店は大きな本棚くらいの感覚なのかもしれない。



 今日の目的は幸福のレベルにあった英語の教科書の類を探すことだ。僕は彼女にふさわしいレベルの書物を探した結果、猿でもわかる英語!というタイトルの本を買うことにした。


 パラパラと中を覗く。感想としては、自分が猿以下の可能性があるということがわかった。


「今更そのレベルは大学生としてどうなんですか」


 音もなく背後から声をかけてきたのは、バイトの同僚に当たる女子高生のクソガキである。外見について特筆するところは……特にない。だって胸ないし。僕の類まれなる記憶力によると、確か苗字は崎森だ。下の名前は忘れた。


「大学生がみんな勉強ができると思った大間違いだ。大学にもな、こいつなんでここにいるんだろうなあって、違う意味でレベルが違うやつが一定数いるもんなんだぞ」

「それ自分でいいますか?」


 崎森は言いながら、あきれたような半目で僕を見た。


「むしろ他人に言われると耐えられないから、あらかじめ自虐するんだ」

「それ自分から要らぬ傷負いにいってません?」

「傷は浅くなるから」

「武田さんっていろいろバカなんですね」


 色々というのがちょっと引っかかるが、勉強はできないのは事実なのでこのくらいでキレたりはしない。


「というか、無駄話してないでお前は仕事しろよ」

「といっても、接客以外の仕事終わりましたし」

「なら接客をしてくれ」

「お客今一人もいませんよ。目、ついてますか?」

「僕も一応客として来てるんだけど……」

「だからこうして接客してあげてるじゃないですか」


 崎森は偉そうなしたり顔でたいして無い胸を張った。


「明らかに客への対応じゃないんだけども」

「いわれのないクレームは受け付けませーん」


 この短時間のやりとりでもわかるように、彼女は清々しいまでのクソガキである。


 僕は大人なのでクソガキをスルーしてレジへと向かうことにした。


「ちょっと」


 服を引っ張られた。難癖つけて弁償させるぞ。


「なんだ」

「私、今暇なんですよね」

「へーそうなんだじゃあ会計お願いします」


 藤崎の口がムッとしたようにとんがって、眉と眉の間にシワができる。


「武田さんはモテないですね。察する能力が低すぎるというか。コミュニケーションって知ってます?」


 モテないですねと疑問形ではなく断定された。可能性すら切り捨てたぞこいつ。


「ちゃんとお願いしてくれたら検討するけど、察してくれと言われても」

「じゃあ暇なんでなにか面白いこと言ってください」

「嫌だ」


 飲み会の上司が言いそうないかにもな無茶ぶりに僕は食い気味で答える。僕はいつだってNOと言える大人でありたい。


「なんでそこで否定するんですか! 滑ってもアハハおもしろくなーい、って愛想笑いしてあげますから。だからわがまま言わずにほら」


 わざとらしく、これ見よがしにぷんすかしだした崎森を見て、どうやらクソガキの暇つぶしのおもちゃとしてロックオンされたという事実を理解した僕はわざとらしくため息をついた。


「あ、もしかして今こいつめんどくさいなあって思いました!?」

「うん」

「女なんて10割めんどくさい生き物なんですから、それくらい我慢してください。そんなんじゃこれからの世の中やっていけませんよ? これだから童貞は」


 崎森はやれやれと肩をすくめて、まためんどくさいことを言い出した。



「店長に話し相手になってもらえばいいんじゃないのか」


 僕は店長を生贄に召喚。ターンエンド。


「あー、武田さんはまだ知りませんでしたね。ちょっとこっちに」


 僕は服の裾を引かれてレジの裏にある休憩室に連れていかれた。あの、だから早く会計を……。


「どうでもいいけど会計「実は白帆さんに相手してもらうには問題があるんですよ。じゃなきゃ……ねぇ?」


 彼女は僕の言葉をさえぎるように声を被せて、含みをもたせた言葉とともに僕を上から下までじろじろ見るとふっと鼻で笑った。


 彼女のような人を、よく「人の話を聞かない人」なんていうけれど、それは間違いだと思う。正しくは、「聞きたくない話だけ聞かない人」である。


 休憩室では店長の白帆さんがゲーミングチェアに座って気持ちよさそうに本を読んでいた。


「白帆さーん」


 隣で、崎森は少し大きめの声で店長に語りかける。


「白帆さんって超絶コミュ障ですよねー」

「うん」

「白帆さんってビッチですよねー」

「うん」

「白帆さんの下着ってTバックですかー?」

「うん」


 崎森のよびかけに、店長はロボットみたいに抑揚なく同じ答えを繰り返した


「……という感じで、この状態だと生返事しかしなくなりますから。聞かれたことも覚えてないし。まあよほどの大声とかぐらぐら揺すったりすれば戻ってきますけど。……あ、店長のこの習性悪用しないでくださいよ?」

「こんな人生で一ミリも役に立ちそうにない知識をどう悪用しろと」

「店長についての豆知識にその言い方はさすがに人としてどうかと思いますけど……。ほら、結婚を申し込んだときの返事を録音しておいて言質をとるとか色々あるじゃないですか」

「それ下手したら僕が捕まるやつだろ」

「だから親切心で忠告をしてあげてるんですよ。血迷わないように」

「それはどういたしまして」


 彼女は僕のことを性犯罪予備軍とでも思ってるらしい。


 その後少しして、彼女は僕をおもちゃにするのも飽きたのか仕事に戻った。

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