まるで脅迫のような罪滅ぼし
彼女は藤林京子と名乗った。
あのあと「傷は大丈夫ですか」とひっきりなしに心配され、「何かしてほしいことあったら言ってください」と言われ、僕は彼女に何かしらのお願いをしなければという、なかば強迫観念にかられていた。
改めて彼女を見る。なんというか、実に見覚えのある背の高さだった。
「今うちに妹が引っ越してきたんだけどさ、服がなくて困ってるんだけど、」
「それ、私に聴きます、かね」
「藤林さんって女の子だからさ。少なくとも僕よりはマシかなって」
「まあ、あの分類的には、その、はいそうなってますね」
彼女はえへえへへへと卑屈に笑った。
僕が仮に「藤林さんって人間だからさ」と聞いても同じ答えが返ってきそうだった。
「それに、大体藤林さんと同じくらいの身長だから選びやすいかなと思って」
あと口にはしないけど、汗っかきなことを遠慮して、試着しないで選ぶ術に長けてそうだし。
「えと、あの、そういうことでしたら、実家から持ってきたもう着ない私の古着でも良かったら、割と多くありますけど、あのいえ私なんかが着た服なんてばっちくて嫌ですよねすみません」
別に僕は何も言ってないし表情筋すら動かしていない。
「いや、最近ちょっと痛い出費があったからただで貰えるっていうんならすごい助かるけども」
「あ、あの、じゃあ住所を教えてもらえたら着払いで、送りますので」
「いやいいです」
それは流石に引く。
「でも大学に、わ、わざわざ受け取りのために出向いて貰うなんて、あの」
「じゃあ、互いの家からできるだけ近いところを探そう」
妥協案を採用させるべく自分の住んでいるアパートのだいたいの住所を伝えると、「あ、わ、私と同じアパートです、ね。あの、すみません」と、何故かへこへこされた。彼女は自分のことを貧乏神か何かだと思ってるのだろうか。
しかし、隣人だったらしい。ひとまず古着の受け渡し問題は解決したのだが、幸福について適当についた妹という嘘がバレないことを祈りたい。
アパートが同じだというのに、別々に帰るのは気が引けて、なし崩しに一緒に帰ってるのだがめちゃくちゃ気まずい。だから適当に話題を振ってみることにした。無論天気デッキなどという環境最弱な会話デッキは使わない。
「あー、その汗だと家で大変そうだね」
枕とか、ベットとか。
「あっじじ、実は私、家だとほとんど汗、かっ、かかない、から。私ものすごい、あ、あがり症で。ひ、人の目があるって思うと、汗が止まらなくて。汗っかきは、その副産物というか、ね?」
「はーなるほど」
そういえば、必修の講義の課題で、みんなの前でプレゼンをするという時に、過呼吸で倒れてた奴がいたが、彼女だったかもしれない。もうあがり症で済むレベルじゃない気がするが。
「でも、な、慣れた人なら大丈夫だから、家だとへ、平気っ、なんだけど」
俗にいう、内弁慶というやつだろうか。
「あっ、うう疑ってるでしょ。ほほほホントだから!」
別に疑ってないけど、こんなことを言われれば、そんじょそこらの「ところでラ○ンやってる?」が口癖のパーリ―ピーポー共なら「えー本当かなあ? じゃあ確かめるために君の家に行かきゃなあ」と、にちゃりとした笑みを浮かべるところだが、僕は「疑ってなんてないよ」と紳士な回答をした。
それから「天気いいね」「好きな食べ物ってなんですか?」「休日ってなにしてるの?」
と、使うまいとしていた天気デッキも含めて僕の会話デッキをフルで回したものの、なんの成果も得られなかった。
無事帰宅することができた。僕の部屋は1階だが、彼女は2階に住んでいるらしい。
「あの、サイズが合うと良いんだけど、サイズが合わなかったり、へ、変な匂いがするとかダサいと思ったらすぐに返してくれるか、捨ててくれればいいから、えと、それから」
「いや、ありがとう。助かるよ」
まだまだ彼女のネガティブトークが続きそうだったので感謝で遮った。
「それじゃあ、手の傷もチャラってことで」
「あ、うん。そそ、そうだね」
さっきまでの彼女から出る死んでも借りは返すという謎の執念みたいなのがちょっと怖かったので、納得した様子を見て僕はホッとした。
「……えへ、えへ、えへへへ」
答えてからしばらくして、彼女はなんの脈略もなく独りでに笑い出した。
「あの、どうかした?」
頭が沸いたのか、それとも僕の顔面が面白かったのか。僕が指摘すると、彼女はあわあわと取り乱した。
「いやえっと、あの背が高いこと、めめ、目立つし嫌いだったけど、役に立ったなって思ったら嬉しくて、あの、キモくてごめんね」
「別にキモくないよ」
くしゃみが人より変わってるやつもいるし、多分同じようなもんだろう。喋り方とか、笑い方とかクセがある人っていうのは割といる。
「藤林さんが自分のそういうところが嫌ならごめんなんだけど、僕は藤林さんの喋り方とか、笑い方とか、割と好きだよ。汗は、大変そうだなーって思うけど」
いわゆる、「癖があるはクセになる。」というアレである。
「えへ、あり、えへ、えへえへへありがとう、えへへへ。そ、その!じゃじゃ、じゃあね!」
言うや否や、顔を茹でた蟹みたいに真っ赤になった彼女は勢いよく扉を閉めた。
「……で、当たり屋よろしく怪我を口実に断りにくくした状態で無理やりライン交換をせまったと」
幸福に服を手に入れた経緯を話したらこの言われようである。
「勝手に事実をねじ曲げるな。聞いてきたのは向こうだからな。いたいけな被害者をどうやったらそんな悪者に仕立て上げられるんだ」
「ふぅーん?」
今の「ふぅーん?」は明らかに僕の話をまったく信じてない「ふぅーん?」だった。
「更に、私をだしに使って女の子の家に上がり込もうとしたと?」
「だから言い方から悪意が溢れ出てるんだよ」
幸福はなおも変わらずに疑いの目を向けてきた。
「それにしてもよく女の子の服の匂いを嗅ごうとしてる変態クソ野郎だと思われなかったね」
幸福にそう言われて、僕はもしかしたらあったかもしれない未来を想像して怯えた。もちろん匂いは嗅がなかった。本当だとも。
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