放課後、用もないのに教室と部室に居座るやつはさっさと帰れ
僕のバイトの同僚である崎森は、バイトが終わったあとも休憩室に居座っていることが多々ある。土日なんかはバイト終わりに宿題なのかなんなのか、ノートを広げてなんかやってることも多い。なぜかバイトじゃない日もいるときがある。
今日もバイト終わり休憩室に入ると、崎森が上唇と鼻でシャーペンを挟んで、アホみたいな顔をしながらノートを睨んでいた。のび太君かよ。
「あ、もう閉店の時間ですか。店長一日おつかれさまでーす」
鉛筆を挟んだままなので口が開かないのか、俗にいうピザボという声だった。
ただお疲れ様と言えばいいところをわざわざ「店長」とつけることにより、休憩室に入った僕は彼女の視界に存在しないことにされたようだ。僕は閉店を告げるタイマーじゃないし、その人、今日はほとんど一日中本読んでただけだから絶対疲れてないぞ。
なお店長も休日は本を仕入れにいったりと、一応いろいろやっているらしい。店長は接客ができないというだけで決して要らない子ではないのだ。……まあその一つが致命的な気もするけれど。
「店長、勉強教えてくださいよー、理系と文系が壊滅的で困ってるんです」
理系と文系ってそれ、全部なんだよなあ。
崎森に肩を揺らされた店長が、読んでいた本をパタリと閉じた。
「あのね崎森ちゃん。本を読む人間がみんな頭が良いとでも思ったら大間違いだよ」
「右に同じく」
僕も店長のもっともな意見に同調した。
「別に武田さんには聞いてませんけど。そもそも武田さんは頭がよさそうな雰囲気すらないじゃないですか。明らかバカじゃないですか。雰囲気からバカじゃないですか」
畳みかけるように言葉のナイフで人を切り刻むのはやめろ。
「勉強なんて、できるにこしたことはないけど、因数分解やらなんたらの法則やら、社会に出たってなんの役にも立たないことばかりだよ」
店長が頬づえをついて宿題をやりたくないときの学生みたいなことを言い出した。間違っても大人が将来有望な若者にいう言葉じゃあない。
「それが社会で役に立たなくても受験には役に立つんですよ。そして残念ながら良い大学に入ることは社会で役に立つんです……」
「まったくなんてろくでもないシステムだろうねえ」
崎森のどこか諦観を含んだ哀愁漂うセリフに、店長は「嘆かわしいねー」とやれやれと大げさに首を振った。この場合ろくでもないのは世の中のシステムではなく店長の方という気もする。
「人生の先輩から何かアドバイスないんですかー」
「とりあえず今世はあきらめて、来世で頭が良く生まれることを祈りなさい」
「えー嫌です……」
さっきからこの人、口を開けばろくなことを言いやしない。店長大好きな崎森もあんまりな言動に引き気味のようだった。
「この職場で高校生にアドバイスができるような人材はいないから、自宅で勉強した方が効率よさそうだけど」
「それって私が邪魔ってことですかあ?」
僕は店長と違って若者へ有意義なアドバイスをしてあげようとしただけなのに、「あの人ひどいですねえ店長」と崎森はわざとらしく頬を膨らませた。手元の本に再び視線を落とした店長は「うん」と抑揚のない声でそれに同意する。
店長の習性を悪用しないよう忠告してきた張本人が悪用してどうする。
崎森のぷくっと膨らんだ頬を思いっきり平手でひっぱたいてたまった空気を抜きたい衝動にかられるが、セクハラで訴えると脅され、示談で手打ちにしてやるからと大金をせしめられるところまで未来が見えたので我慢した。
「残念ながら家よりここの方が静かなんですよねえ。まあ武田さんがいますけど、店長もいますから」
崎森はふしゅ―っと膨らんだ頬をしぼませた。
まるで僕という存在のマイナスポイントを店長が打ち消しているかのような言い方はやめろ。
「ふーん」
その時は一応それらしい理由に納得したけど、あとで静かな場所なら図書館やらいろいろあるのにと疑問がわいてきた。頭がほわほわでそこまで思考が至っていないという可能性もあるけども。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます