正しい箸の握り方を教えても、正しく使うとは限らない


「肉が食べたかったなぁ」


 と、僕の作った卵がゆに対して彼女はぐちぐちと文句を垂れた。


「ほら、空腹にあんまりしっかりしたもの食べたら死にそうだったし」

「じゃあ明日は肉が食べたい。豚肉ね、豚肉」


「あーうん。そうしようか。……ところでさぁ、その箸の握り方なんだけども」

「あ〜、私のは我流だからね、あんまり参考にしない方が良いよ」


 漫画で出てくる強キャラみたいなことを言うな。


「さっきから粥がポロポロとテーブルに溢れてるんだけど、多分その握り方に原因があると僕は踏んでいる」

「えー、それって正しい握り方覚えろってこと?」


 彼女は心底面倒くさそうなしかめっ面をした。端的にいえばそうだ。


「実害が出てないなら握り方なんてどうでも良いと思うけど、実害が出てるからなぁ」


 確実に、机にこぼれた米粒を掃除するのは僕なわけだし。


「えぇ、だるーい」

「でもほら、カンフーの映画で見るハエとか掴むやつ。あれできるようになるよ」


 僕はできないけど


「じゃあやる」


 こうして彼女はさっさと正しい箸の持ち方を覚えた。知らなかっただけで、覚えは悪くないようだ。




 今、彼女は箸をぱちんぱちんと鳴らしながら部屋をキョロキョロと見回している。しかし残念ながら我が家にハエは生息していないことを、僕はしばらくしてから彼女に告げる。すると箸で鼻をつままれた。めちゃめちゃ痛かった。





「これ、最近まで私の住んでた家」


 と、食事中、彼女は箸でテレビを指し示した。とりあえず僕は箸を持つ指をつかんですこし力を込めてひねった。


「いた、いたたたたっ」

「箸であれこれ指すな」

「まったく心とか器とか部屋とか色々狭いなあ」


 ぶーたれながら、彼女がかゆを口にためるのをしり目に、テレビの方を見る。


 そこに放映されているニュースは、内容が少し物騒だった。映っている家に住む夫婦が殺されたらしい。それもただの殺しじゃない。綺麗なアナウンサーのお姉さんの話を聞くと、連続殺人で、これまでの犠牲者は計6人だという。犯人は未だ捕まっていないそうだ。


 で、こいつはこの事件があった家に住んでた、というかつい最近まで誘拐されていたということになるが……。


 そういえばなぜ抜け出してきたのかを聞いてなかったなと思いながら、僕は隣で口をモチャモチャさせてる同居人を横目で見た。


「これやったのお前?」と聞いてみようかと思ったが、返答がイエスだった時のことを考えると面倒そうだったので、「ふーん結構大きい家だな」と適当に相槌をうった。ぼくの城をちっちゃいと言うだけはある。


 もし犯人がこいつじゃないのなら、犯人はこいつにとって誘拐犯を殺してくれたヒーローだろうか。それとも全自動エサやり機を殺した不届きものなのだろうか。まぁ、エサは必要最低限しか貰えてなかったようだけども。


 ……犯人がこいつじゃないのなら、こいつの両親も殺してくれればいいのに。そんなことを思った。


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