ぼくは保護という大義名分を掲げ、道端に落ちていた女の子を拾うことにした

ジェロニモ

その女はドブくさくて、ガリガリで、えらそうだった



大学一年生の冬、僕は朝の散歩がてらお茶でも買おうかと自販機に寄った。その際自販機の横に座り込んだ尼削ぎ色白ガールが、現在進行形で猫のような目をぱっちり開いて僕を見上げているのを発見した。それはもう、まるで自分は生まれた時からここに居ましたと言わんばかりに堂々と体育座りをして。


「おはよう」


 その彼女に急に声をかけられた。


「おはようございます?」


とりあえず軽いジャブに挨拶をかましてみたが、よくわからない現状に、返答が疑問形になる。

 

「朝はおはようで合ってるよ。」


  丁寧に教えてくれたのだが、それではまるで僕が時間感覚と言葉の稚拙なアホみたいだ。


「あ、うん。これは親切にどうも。あの、どうしました。ここ自販機の横なんですけど」

「ジュースが飲みたくてって感じ」

「なるほど。でもそれだと横に座ってても買えないと思いますよ。ほら、お金を入れないと」


僕は自販機の小銭投入口を指差した。すると、彼女はフッフッフッと笑いながら立ち上がった。立ち上がった彼女の身長が、軽々と僕の目線を超える。想像以上にでかい。身長170の僕と比べて10センチほどは高そうだ。


「確かにあなたみたいなブサメンはそうかもしれない。「おい」でも私のような美少女はジュースを買いたい時、例えお金がなくてもお金を持ってる人に頼めばタダで買えるのだ!」


彼女はそう言って、腰に手を当てて胸を張った。


とりあえず初対面の人をブサイク扱いはやめろ。失礼にも程がある。


アレだから。芸術ってどれもアンバランスな感じがするし、見慣れてくれば僕のこの顔に造形美を感じるようになってくるから。


「っておっととと」


立ちくらみでもしたのか、ドヤ顔でポーズを決めていた彼女がぐらりとよろけた。

反射的に手が出てしまい、倒れそうな彼女の体を支えるために体が密着する。


「あ、触ってごめ……ん?」


肩を支えた僕の手に伝わってきた感触は、予想していたふんわりと柔らかいものではなく、しわがれた枯れ葉のような硬いものだった。


改めて観察すると、彼女はガリガリに痩せていた。それだけではない。髪はボサボサで、足は素足。そして、体を支えるべく近づいたから分かるが、控えめに言ってドブのような匂いが彼女を中心に漂っている。


……僕は目に染みるレベルの刺激臭に耐え、体勢の安定した彼女から手を離した。


「どうもありがとー。ついでにジュースが欲しいなー」


彼女は僕の方に手のひら突き出した。


僕は無言で自販機に金を入れ、買ったコーラの缶を彼女に差し出す。彼女はそれを無言でひったくって、指でカリカリとフタを開けようと試みるが、力不足で開かないようだ。あと、爪長くて汚い。


彼女はしばらくして手をだらんと下げ、僕の方をガン見してきた。僕は彼女の手から缶を取ると、プシュッという音をさせてフタを開ける。  

彼女はまた缶を僕の手から奪うと、ニンマリと笑ってコーラをあおった。ごくごくと喉が動く。


「ぷはーっ。あ゛〜うんめー。」


望みが叶えられて満足げな彼女から、おっさんのような野太い声が出る。


……僕はそれを視界の端に留めながら、自販機で自分用にペットボトルの茶を買って、一口含む。そして思った。こいつはヤベー奴だと。

コーラを飲み終えた彼女かポイと放り投げた缶が道路にコロコロと転がった。僕はそれを拾ってゴミ箱に捨てる。


「うむ、ご苦労。」


彼女はまるで僕の行動が当然だと言わんばかりに腕を組んで頷いた。


「……どういたしまして」


言いながら僕は改めて思ったのだ。やっぱりこいつはやべー奴だと。


「つかぬ事をお伺いするんだけど」

「んー? いいよ。ジュースくれたし、缶捨ててくれたし。許す」


許された。


「ご家族とか、お家とかは何処に?」


 僕がそうたずねると、彼女は首を捻って、ポンと手を打った。


「あー。気になる? 確かに私の格好やばいもんね。お風呂とか何年間入ってないんだろって感じだしなー。 ……んー。こう、説明するのが難しいんだけど」


 彼女はこめかみを人差し指でぐりぐりとしながら唸った。どんな言葉を発するか決めあぐねている様子だ。

 ……しまった。やはり家出とか、複雑な事情があるのだろう。もしかしたらホームレスだったりするのかもしれない。


 そう考えるとずけずけと初対面な癖して失礼な質問をしてしまったかもしれないなと、だんだんと後悔してきた。

 初対面のなのにジュースを買わせられ、缶を捨てさせられ、特に忘れもしないブサメン発言をされたとはいえ悪いことをした……いや、おあいこどころかお釣りがきても良いかもしれない。


「そうだねー。めんどいから簡単に言うと、私何年か前に誘拐されたんだけど、昨日逃げ出したの。」

「おうふぅ。」


 回答が予想以上で、思わずキモい声が漏れ出てしまった。


「あ、それあれだ。キモオタって種族の反応!」

「断じて違う」

「えー、そうかなぁ」


彼女は僕をジロジロと見ては首をかしげる。どうやら何度見ても僕の顔面はキモくてオタオタしてるらしい。死にたくなってきた。


それにしても大穴でホームレスぐらいだと思っていたのに、誘拐ってなんだよ。それふつうに事件だろ。

頭の中がぐるぐるしてきたが、事件といえばお巡りさん。僕は早速通報しようとスマホを取り出した。


「警察は110番だよな。合ってるよな。」


普通に考えれば110なのに、土壇場になるとなんだか合ってるのか不安になる。間違ってたらブッチすればいいかと僕は指を動かした。

「あ、警察はやめて。お願い、一生のお願いだから」

彼女はよたよたと赤子のように近寄ってきてスマホで番号を打とうとする僕の腕にしがみつく。


「いや、誘拐とか普通に警察案件だろ。なんで止めるんだよ」

「だってこのまま警察に保護されたら親元に戻されそうじゃん。正直誘拐される前の生活の方がひどかったから、それだけは避けたいっていうか。昨日逃げた意味皆無になっちゃうよ。それは避けたいんだ」

「あー。……じゃあやめとくか」


平然と言われたが、これが嘘じゃないとしたなら、なんとも壮絶な人生を送ってきたようだ。虐待からの誘拐とか、僕からすれば最悪なコンボにしか感じない。誘拐される前より、誘拐後の生活の方がマシとは言ってるものの、そこから逃げてきたということは、決して良いものではなかったんだろう。


 そして、僕は閃いた。


「ウチに来れば匿ってやるよ」

「え、まじで? 」

「マジだ」

「童貞っぽいし匿ってくれたらエロいこともして良いからさ、お願いしますよ」


 彼女はゲヘヘへと前言撤回したくなるような下卑た笑みを浮かべて手をこすり合わせた。


 ダメ元だった提案はあっけなく可決された。しかしまぁ、彼女の提案はお断りだ。下心満載といっても性欲というわけではないのだ。


「いや遠慮しとく」


 彼女は苦々しい顔でペッとコンクリートに唾を吐き捨てた。



 まぁアレだ。エロいことはいらないが、彼女は僕が匿うことに対価を払おうとしているようだし、どうせならと僕は希望を告げてみることにした。


「とにかくエロは望んでないんだよ。宿泊の対価にエロって、それって結局愛がないじゃないか、ビジネスのエロじゃないか。そんなことよりさぁ……」


 僕は自分の望みを伝えた。


「……はい?」


 僕の願いを聴いた彼女は、間抜けな声でそう聞き返してきた。

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