いじめの原因はいじめる奴と同じでだいたいしょうもない

 

 


 あれからだいぶ回復した藤林さんを、店長が車で送った。


 僕も帰ろうかと思っていると「帰り、ちょっと話せます?」と、崎森に呼び止められた。


 幸いにも家は途中まで同じ方向なので承諾したのだが……。崎森も僕も、店を出てから終始無言である。


「……あれ、お前がスーパーで隠密してたときのクラスメイトだよな?」


 中々話し出さないので、気になってることを聞くことにした。


「あー、やっぱり覚えてました?」

「おまえがあまりに挙動不審だったからよく覚えてた」

「なんというかですね。私、学校でいわゆる……」


 崎森はそこで何か喉につっかえたかのように、言葉が続かなくなった。


「い、いじめ、られてまして」


 そう続く言葉が捻り出されたのは、2、3分経ったあとだった。


「店長には、話の流れ的に話しちゃったんですけど。学校だと勉強できるような感じじゃないんで、バイト以外の時間休憩室使ってもいいですかって相談したんですよね」


 それで店長は一目見ただけであのカオスな状況を理解できたのか。


「あー。確かに別にバイト入ってるわけでもないのになんかいるなーって思ってた」

「まあ、そういう理由です。店長は「大丈夫、私も仕事しにきてるというより、読書しにきてるようなものだから」って言ってくれて、今にいたるんですけど。」


 いかにもあの店長の言いそうなセリフである。


「普通に家とか、図書館でやろうとは思わなかったのか」

「図書館はクラスメイトとエンカウントしやすいし、家はその、前言ったように騒がしいっていうのもあるんですけど……。私、前まではいっつも放課後とか休日とか遊びにいってたんです。そんな私が家で勉強なんてしてたら不審がられるし、……いじめられてるって、バレたくないですし」


 崎森はそう言って、自分の二の腕を、もう片方の手のひらでギュッと握り込んだ。家族には、遊びに行ってくると言って家を出てきているのかもしれない。


「なるほどなあ。でもあいつら、図書館に行きそうな奴らには見えなかったけど。そっちはどうなんだ?」

「偏見もいいところですけど、図書館って基本的に暖房冷房かかってて快適ですからね……」


 本を読むタイプでは無さそうというのは合っていたらしい。


「なんというか私って可愛いし、モテるんですよ。それが災いした……ちょっとなんですかそのうんざりした顔」

「どうぞ気にせず続けてくれ」

「……それが災いしたと言いますか、さっきの子達の一人の彼氏に告白されちゃって、OKしちゃったんですよ」

「いやするなよ」

「だって顔が良かったんですもん。それにその時は、彼女とはもう別れたからって言われたんですけど、後からそれが嘘ってことが判明してですね」

「なぜ人はすぐにバレる嘘をつくのか……」

「本当に良い迷惑ですよ。告ってきたはずの彼氏も、いじめられてるやつが彼女っていうのが嫌だったのか「別れよう。ていうかまだ付き合ってないよね俺ら」とか言ってくる始末ですし。あのゴミカス野郎」


 元彼氏くんへの罵倒と共に渾身の舌打ちである。


「僕は友達なんていらないから彼女がほしいけどなぁ」


 なんなら友達を全員悪魔に捧げたとしても彼女欲しい。


「ゴミじゃないですか」

「愛のために全てを捨てる覚悟があると言ってくれ」


 そう言うと、崎森は軽蔑したような目で僕を見た。そして、「はあ~~」、と長い溜息を吐く。


「……私ってこんなじゃないですか」

「こんな?」

「なんというか自分で言うのもアレですけど生意気というか、歯に絹着せぬというか」

「自覚があったのか」


 まさかの事実に僕は目を丸くした。


「驚かないでください! そこはそんなことないよって否定するところですケツ蹴りますよ!」


 もう蹴り上げたあとで言われても困る。


「まあこんな感じで、言葉がきついっていうか。思ったことがすぐ口にでるっていうか。私にとってはこれが普通のコミュニケーションっていうかなんというか」

「僕も本気で殺されるかもしれないと感じてたら迷いなく通報してるから安心しろ」

「まぁ武田さんに限ってはたまに本気で引いてる時とか殺意を覚えてる時もありますけど」


 こいつは1ターンに一回僕を貶さないと死ぬ病気でもあるのだろうか。



「……武田さんっていじめられてました?」

「藪から棒にもほどがないか?」

「なんというかいじめやすそうだなーって思って」

「せめて弄りやすそうと言ってほしかった」


 崎森は、「なんというか、武田さんってサンドバック感が強いんですよねえ」と、とんでもないことをつぶやく。ふとした瞬間に顔面や腹を殴られそうで怖い。



「私、今まで生きてきた中じゃあ、上手くやってきた自信があったんですよ。こういうこと言っちゃうキャラというか、それを周りに受け入れられてる自信っていうか」


 確かに、実際彼女はバイト先でうまくやっているように見えた。あのいじめっ子たちを除けば客からの評判も良い。

 この間なんて、男性客が会計の際に、「男の方とか外れかよ」と僕に聞こえるか聞こえないかくらいでつぶやいてきたぞ。なんなら舌打ちもされた。彼女はそれほど人気があるのだ。

 

 ……僕も彼女のことを、生意気なクソガキではあるが、どうにも憎めないやつだと思ってしまっているし。


「そういう、なんていうかハブる、みたいな雰囲気になったら、そういうのが全部、今までと違って打って変わったように否定されちゃいまして」


 そう言って崎森は地面を見つめた。


「……まあ批判材料にはうってつけだもんな」

「どころか、口が悪いだけのはずが話に尾ひれがついて、男に色目を使って手を出しまくるビッチってことになってですね」

「お前の学校の奴ら、絶対伝言ゲームド下手くそだよ」


 魔改変するにも程があるぞ。


「まぁ男に好かれる風に接してたっていうのは事実だったし、周りにも経験豊富な風なこと言ってましたし、友達の彼氏の告白を受けちゃったっていうのも事実だし。大手を振って否定はできないんですけどね……」


 崎森はそう言って、カラッカラに乾いた笑みを浮かべた。


「……どちらかっていうと、彼女がいるのにおまえに手を出した彼氏くんの方が非難を浴びそうじゃないか?」

「告白してきた元彼氏の話だと、なぜか私の方から誘惑したことになっててですね……。」


 崎森は「元」の部分を強調した。


「なるほどなあ」


 彼氏くんは早々に見切りをつけて自己保身に走ったらしい。


「それに、女の人って浮気した本人じゃなくて浮気相手にヘイトが向くんですよ」


 そう言いながら崎森はまたため息をついた。


「……それでも、まさか自分がいじめられるなんて、思わないじゃないですか。最初はちょっと避けられるぐらいだったのが、陰口とか、物隠されたりとか、どんどん悪くなっていって。そしたらどんどん居場所が無くなっちゃって」


 崎森は、「まぁ逃げた先でもさっきの有様なわけですけど」と反応に困る自傷ネタを付け足して、コホンと一つ咳払いをした。


「まとめるとですね。私、いじめられてるので、今日みたいに迷惑をかけることがあるかもしれませんって話です」

「店長は気にしないって言ってくれたんじゃないのか?」

「まああれで八割がた気は楽になったんですけど、一応武田さんも巻き込まれる側だし言っとこうかなと。今日みたいなことも、またあるかもしれないですし。ていうか今日の白帆さんマジでかっこよすぎじゃありませんでした? ほんとゴミクズじゃなくて白帆さんみたいな男の人が告白してきてくれたらぴーちくぱーちく」

「そうっすねー」


 僕は店長のことを語り出したとたんに早口になって少しキモい崎森を適当に受けながした。


「あの、ありがとうございます」


 落ち着きを取り戻した崎森が発した言葉がそれだった。どうにも彼女の口から出てくるには似つかわしくない単語に僕は首を傾げる。


「言うのが遅れましたけど、今日は本当に助かりました。あんな風に突っ掛かられた時の対処法は頭のおかしい人の真似をするのが一番らしいですから。素晴らしい対応だったと思います」


 誰の頭がおかしいか。


「ああいうのはこいつには関わりたくないって思わせたら勝ちだからな」

「あー確かにかかわりたくないですよね。あ、お礼に何かコンビニで奢りますよ」

「え、マジで?」

「まあなにかひとつだけなら、どうぞ」


 せっかくなので一番高いアイスを買ってもらうことにした。ダッツだダッツ。


「……普通遠慮してちょっと安めのものを選びません? 私バイトの同僚とはいえ歳下で、さらに可愛い女の子すからね? 武田さんがのモテないの、そういうとこだと思いますよ」


 言いたいことはわからないでもないが、「可愛い」のくだりはたぶん要らない。



「そういえば、されてたよ」


 買ったアイスを食べ歩きしている途中、僕は質問にちゃんと答えてなかったことを思い出して、そう返した。


「なんの話ですか?」

「いや、いじめの話」


 怪訝な顔をした崎森にそう告げると、彼女はスプーンを口に加えたまま目を見開いて、時が止まったように固まった


「いじめやすそうって言ったのはそっちだろ。なんで驚いてるんだよ」

「はの、まひゃかほんひょにいじめられてるとはおもはらくて」

「なんて?」


 スプーンを口から離すのを忘れて喋ろうとするくらいには驚いたらしい。


「本当にいじめられてるとは思わなくて。あの、武田さんの場合は、どんな感じだったんですか?」

「人に話すような話題じゃないだろ……」

「私だけ話すのはなんだか損した気分になるじゃないですか」


 自分が勝手に話したくせにこの言い草である。


「理由はまぁ、性格に難があってクラスで浮いてたことかな。端的にいうと空気が読めないというか」

「あー」


 納得したような声を出すな。


「……まぁ、色々されたよ。それこそ目立たない程度に殴られたり、物を隠されたりさ。典型的ないじめって感じだったな。主犯が男子で、僕も男子だから、おまえのケースとは大分違うかもしれないけど」


「その、どう対処したんですか?」


「僕の場合はヒーローがいたからなぁ」

「ヒーローですか……?」


 崎森はとたんに胡散臭いものを見るような視線を僕へ向けてきたが、ちょっとして「ああ」となにかを察したように頷いた。


「それはそのー、いわゆるイマジナリーフレンドというか、もしくは二次元やアニメの…「実在する人間だからその可哀想なものを見る目をやめろ」

「てっきり過度なストレスから自分にだけ見える架空のヒーロー像を作り出したのかと思って」


 こいつは本当に僕をなんだと思っているのだろう。


「それで、そのヒーローにはどんな感じで助けられたんですか?」

「クラスに正義感のやたらと強い奴がいてな。「いじめは良くない!」って、それはもう堂々とクラスのど真ん中で言い切った。で、その後もそういういじめをしてきてた奴らを注意しまくって、先生にも言いつけてくれたりしたわけだ」

「それでいじめが終わったんですか」

「いや、むしろそれにムカついたのかいじめは激化してさ、空気読めない、みたいな感じでその子もいじめの対象になった。結局教師もどっちつかずのなぁなぁな感じで、しっかりした対応はしてくれなかったし。それからしばらくしてその子は結局不登校になって転校していった」

「それむしろヒーローさんが事態を悪化させてません?」

「まぁ、否定はしない」


 実際いじめは激化し、彼女が不登校になったことで分散していたヘイトが一斉に僕へと向けられてそれはもう地獄になったわけだし。


「……それでも。たった1人でもさ、僕のことを助けようって思ってくれた味方がいたってだけで案外救われるもんなんだよ」


 相手の方は自分もいじめられて、転校まですることになって、僕を救おうとしたことを後悔しているかもしれないけど。


「そういうの、ちょっとだけ分かります」


 崎森はどこか感慨深そうにうなずいた。


「いじめをくぐり抜けた先輩として、なにか先人の知恵的なやつってあります?」

「親先生にチクる」

「……それができれば、苦労はしないんですけどねえ」


 まあ、そうだろなと僕も思う。世の中、自分が弱くて他より劣っているということを自己申告できるほど、強いやつはそう多くはないのだ。


「まあ匿名でもいじめがありますってことを先生にチクれれば、あなたのクラスにいじめはありますか?とかいう匿名のアンケートくらいは実施されるかもしれないけど」

「誰があるって書いても、私が書いたことにされる匿名もくそもないやつじゃないですか、アレ」


 そりゃそうか。おそらく矛先はアンケートで謎な正義感を発揮した人ではなく、いじめられているやつに向かうだろう。


「あの、そういえば私を庇いに入ってくれた武田さんのお友達……?じゃないと思いますけど……。あの女の人はお知り合いですか?」


 知り合って一週間程度なので確かに友達かどうかと聞かれると微妙なところだが、こいつに否定されるとどうも釈然としない。


「大学が一緒なんだ」

「なら改めてお礼したいんで、今度会ったときにその旨を伝えてもらえると、あと連絡先とか聞いたり……」


 と、そんなことをお願いされた。


 確かに命を削る勢いで崎森を庇った藤林さんには何もなくて、あとからのこのこ出できた僕だけアイスをむしゃむしゃと頬張るというのも、不公平な話である。


「あー、わかった。……あといじめの話なんだけどさ。ちょっと考えてみる。自分がどう対処してたかとか、思い返してみるよ。あの頃の記憶は大部分を脳内メモリーのゴミ箱フォルダに放り込んであるから、時間がかかる可能性が高いけど」


 なんなら自己防衛機能的に思い出せなくなっている可能性も高い。


「なら期待しないで待ってます」


 崎森が「あっ」、とないかに気づいたような声をあげた。


「じゃあ、私こっちなんで。それじゃあまた」


 どうやら帰り道が同じなのはここまでのようだった。崎森は最後に、「あ、連絡先の方は期待してますからね」と付け加えた。



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