第31話 退職届
「おい! 聞こえないのか黒川誡斗‼」
なんだ? 何が起きている?
おかしい。死にかけだったはずの誡斗が剛己を圧倒している。
何度マイクを通して声をかけても反応しない。
人が変わったようにモニターの中で暴れ狂う異形狩り。
この豹変ぶりはなんだ? ただの人間ではなかったのか? 人質を忘れているのか?
――マイクを握る手が震えていた。
怯えている? 馬鹿な。相手はただの調子づいたガキだ。
……そのはずだ。
そのはずなのに、何故こんな……。
認めよう。久米晶は今、怯えている。
気に食わずとも最強と認めている弟が蹂躙されている。その事実は変わらない。故に誡斗に怯えている。
……だが!
それでも強者は晶だ。
忘れているなら、もう一度見せてやる。
反対の手でカメラを掴み、レンズを人質へ向ける。
「そこまでだ! 止まらなければ貴様の女を犯す! それだけじゃない! 貴様が愚弟にしたこともしてやる! 生きているのが苦痛と思うぐらい、徹底的に恥辱してやる!」
「あらあら。それは同じ女として見過ごせませんわ」
カメラが弾け飛んだ。
何にも触れていないのに、何かの力が加わって明後日の方角へ弧を描く。
何者だ、と振り向いた先には輝く金糸。
「……沙羅・バージオ!」
沙羅は初めて晶の慌てている顔を見た。
いつも欲張りなくせに嫌味なほどの余裕を見せつける傲慢な男の焦った顔だ。
写真に撮って元気がない時に見れば、きっと自然と笑えてくるだろう。
「何しに来た! 邪魔をする気か⁉」
「邪魔だなんてとんでもない。私はただご報告に来たまでですわ」
「報告だと?」
「ええ。ターゲットである黒川誡斗の殺害に失敗。このビルに既に侵入しています」
「そんなこと知っている‼」
晶がモニターと化した大型テレビを指差した。
「見ろ! 貴様がしくじったせいで奴が大暴れしている!」
言われたから見る。
画面には誡斗と剛己が戦闘を繰り広げていた。
いや、戦闘ではない。一方的な蹂躙だ。
しかも、人間であるはずの誡斗が攻め立てている。
よくよく見ると片手足は汚れているのではなく変質している。そのせいか異常な怪力と速度で剛己を圧倒していた。
そういえば、右腕だけ隠していたのを思い出した。もしかすると最初からあの手足だったのかもしれない。
「あら、あなたの彼氏、ミュータントだったの? 人は見かけによらないものね」
冗談混じりに言ったが、割と本気で驚いていた。ミュータントであることにはむしろ納得するが、まさかあの剛己すら上回るとは。
沙羅は花莉奈の前に立っていた。
彼女を囲んでいた邪な男達は皆一様に離れ、警戒の視線を送っている。
「社長! こいつ、いきなり入って来たと思ったら俺らに能力使いやがった!」
「……貴様どういうつもりだ」
「どうもこうも、婦女暴行を止めただけですわ。褒められこそすれ、そんな目で見られるいわれはありませんよ」
沙羅が久米宅に入った時、人質であったはずの花莉奈の服は脱がされかけていた。
元より人道には期待していなかったが、いざ目にすると不快が極まる。
だから近づくと同時に能力で蹴散らし、内一人の上着を奪って彼女の柔肌を隠した。
「今さら善人気取りか? 貴様だって女共を地獄に落としてきたじゃないか」
その通りだ。否定しない。
金の為なら男だろうが女だろうが殺したし、地獄に落とした。
それが一番稼ぎやすかったから。ミュータントを雇ってくれて金払いの良い場所は他に知らなかったから。
きっといつかは自分も地獄に落ちる。
「ええ――でも向いてなかったみたい」
でも、今更かもしれないけど、孤児院の皆に負い目を感じるのは嫌になった。
銃を突きつける。
「何を……⁉」
「私からの退職届、受け取ってくださる?」
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