第17話 隠し通路
誡斗の後ろに玉兎、あずきと続いて裏口を目指した。夜とはいえ表にはまだ人が通っている。人目を避けるには、やはり裏が一番だ。
まだ眠っているミュータント達を跨ぎながら、事務室を出る。
廊下には部屋から出る途中だったり、飲み物を飲みながら休憩していたミュータント達が同じく倒れ意識を閉ざしている。
それでも事務室よりは少なく、歩きやすい。
「ぅう……」
「っ……」
悪夢でも見ているのか、時折うなされる姿にあずきが反応する。
目覚める様子がないと分かると、兄の背を見据え進行を再開した。
事務室があるのは一階の表口からすぐだ。扉は透明なガラスで、覗こうと思えば外からも見えてしまう位置。しかし今は夜、しかも停電ということもあり、通りがかる人はいなかった。
裏口へは少し遠い、といっても広い建物でもない。元からあった建物をリフォームした平屋だ。土地の面積は都内にしては広いが、それでも子供の足でも息を切らさずに走破出来る。
こうして妨害がない以上、裏口への到達はあっという間だ。
そう、妨害がなければ。
その気配に気付いたのは誡斗だけだった。
振り向くと、なんだ、という表情の二人と――鋭い爪を掲げるもう一人。
矛先は無防備なあずきの背中。
気配を感じ取った瞬間、銃を手にしていた誡斗はそのまま人差し指を引いた。
夜闇を引き裂く銃声と共に吹き飛ぶ頭。
「きゃあああ!」
「な、なんだ!?」
衝撃的な光景、ではなく単純に銃声に二人は驚く。
押し退け殿に立ち、周囲を警戒する。
目の前、物音、異臭、空気の流れ。五感を研ぎ澄ます。
が、他の襲撃者も音で目覚めた者もいない。外からの雑音だけが残る、夜の静けさが建物内に戻った。
銃を収めるが油断はしない。武道における残心を心得る。
「うっわ。アンタの得物中々エグいな」
脇から玉兎が死体を覗いた。
襲撃者は獣のミュータントで、まるで狼男のような姿をしていた。しかし今は無残な姿に成り果て、弾丸が命中した頭は、目玉より上が綺麗さっぱりなくなっていた。
さり気なく男二人で壁を作り、あずきの目には入らないようにする。
「平気か?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「つか、こいつはどこから来たんだ? 他の連中はまだ眠ってるよな?」
もしガスの効果が切れて目覚めたとしたら、他のミュータント達も起きているはずだ。マグナムの銃声も良い目覚ましになる。
しかし先程から誰かが目覚めた物音はしない。
となればこの獣人だけ眠りが浅かったか、別の場所から今しがた来たのか。
ここは一応、表向きは派遣会社だ。異変を悟られない為に閉店後を狙いはしたが、それでも誰も来ないとは限らない。
事実まだ数人の従業員が残っていた。あずきを監禁する為だろうが、裏の仕事は表の閉店後にしている可能性もある。
「扉は閉まったままだな」
表口も、裏口もだ。
開けば音や空気の流れで気付くことが出来る。
だが接近されるまで誡斗も気付かなかった。
隠密に長けたミュータントだとしても、姿を見る限り特出しているとは思えない。まったく気取られずに侵入したとは考えにくい。
つまり前者である可能性が高いが、それにしては気配の消し方や攻撃がはっきりとしていた。
「ガスに耐性でもあったか?」
「あの、」
あずきが控えめに手を挙げる。
「多分、地下からだと思います」
「さっきの場所か?」
「けど誰もいなかったよな?」
あの地下にはあずきが監禁されていた部屋以外にもいくつかの部屋はあった。
だが救出をする前に誰もいなかったのは確認済みだ。監禁部屋に入った時点で、従業員はあの二人だけだったはずだ。
「でも、地下から“入った”かもしれません」
「どういうことだ?」
こっちです、とあずきが来た道を戻る。
死体を見せないように足で退かし、誘導に従う。
事務室に入り、地下へ戻る。
監禁部屋を通り過ぎた突き当りにあった扉を開けると、そこは倉庫だった。
正確には武器庫と言っていい。数種類の銃と爆弾が棚ごと区別され綺麗に並んでいる。通報すれば即座に摘発出来る証拠品だ。
ここも確認したのは覚えている。情報の一つとして玉兎が写真を撮っていた。
「えっと、確かこの辺りに……あった」
あずきが目指したのは奥の一角。
よくよく見ると、通り道を確保しているわけでもないのに、物が避けられた空間があった。
床を見れば、なるほどと頷くしかない。
「隠し通路か」
不自然な切れ目が床にあり、窪みに指を掛け持ち上げると、梯子が暗闇に向かって伸びている。
「私が捕まった時、何故かマンホールの下に連れられたんです。言う通りに下水道を通って、上ったらここで。だからここがどこなのか見当もつきませんでした」
「なるほど。下水道か」
地上に上がったら全員が倒れていたから、怪しい誡斗達を襲ったのだろう。
こうして建物内に繋げておけば完全に人目につくことなく移動が出来る。臭いがキツイのが玉に瑕だが、安全な道があるのは裏組織にとって大きい。考えたものだ。
恐らくあずき以外にも人攫いや証拠隠滅に使われているはずだ。
「こりゃ多分、本社にも繋がってるな」
底の見えない穴を覗き込み玉兎は言った。
「本当か?」
「むしろ全店舗と繋がっててもおかしくないぜ。サツも別の組織も使えない道だ。使わなきゃ損だろ」
穴の壁面をなぞると少し荒い。自分達で作ったのだろう。まあ、まっとうな会社なら依頼があった時点で断るか。
「なあ、剛己ってヤツは本社にいるのか?」
「剛己は社長の久米晶の弟だ。晶は本社の最上階を自宅にしてる。ぜんぜんいるだろうな」
「そうか」
なら、すべきは一つだ。
梯子に足を掛ける。
「おいおい行く気か? 本社にはどんだけのミュータントがいるか分からないんだぜ」
「明日の朝にはここの騒ぎも伝わる。そうすれば更にミュータント共も集まるはずだ。その前に先手を打つ」
それに、と懐を叩く。
「ここに来る前に準備は済ませてある」
意識を取り戻した時に持っていたのは愛銃と弾丸だけ。
救出にあたって大勢のミュータントと戦うことも考え、いつも弾を補充する店に立ち寄ったのだ。
催眠ガスもそこで買ったものだ。他にも頼れる武器や秘密兵器も補充した。完治していない怪我を除けば万全と言っていい。
「待てって! 他のブラックリストのメンバーは覚えてる。そいつらに応援を頼んだほうがいいって」
「悪いな。もう腹括ってんだ」
仇がすぐ近くにいる。もう待てない。
それに万が一にでも仇は他人に奪われたくなかった。
「あずき」
最後に彼女の名を呼ぶ。
「さっきは悪かった」
「え?」
「兄貴を守ってやれ。ヤバくなったら俺が助けてやる」
足を外し、手で梯子を滑って落ちていく。
ものの数秒で、二人の顔は見えなくなった。
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