第18話 御掛けになった電話番号は

「……帰ってこないなあ」


 店を閉めて、花莉奈は二階のリビングで一息ついていた。

 食後のコーヒーに舌鼓を打っても、心が落ち着かない。

 普段であれば、テーブルの反対側に誡斗がいた。

 他愛もない雑談だったり、店の様子だったり、仕事の愚痴だったり、そんな会話をする時間に、彼はいなかった。


 もう二日だ。

 依頼の内容によっては帰らない日もあった。先日の依頼がそうだ。ターゲットが夜にしか現れないからと、その日の夜は帰ってこなかった。

 だけど、そういった依頼なら必ず伝えるはずだ。

 例え出先で決まったとしても、閉店時間までには電話があった。

 その都度寂しい気分になったが、これが彼の仕事だからと、自分を慰めてきた。

 だが、今回は何の連絡もない。

 二日前の朝に出かけるのを見たきり、声も聞いていなかった。

 今までこんなことはなかった。何かあったのだろうかと不安になる。

 誡斗は強い。それは知っている。でも、彼以上に強いミュータントに出会ったら……?

 途端に背筋に悪寒が走り、嫌な妄想を振り払う。

 けれど完全に拭うことは出来ず、胸のざわざわは止まらない。

 スマホを手に取り、誡斗の電話番号をタップする。


『御掛けになった電話番号は、現在使われていないか、電波の届かない――』

「やっぱりダメかぁ……」


 もはや聞き慣れた音声に何度目かの暗然を繰り返す。

 向こうから連絡は来ず、こっちからの電話も届かない。

 探しに行こうにも店は空けられないし、どこを探せばいいのかも分からない。


 ピンポーン


 チャイムの音に身体が自然と立ち上がった。

 椅子が倒れるのも気にせずに小走りで店の玄関へ向かった。

 いつもは気にしない階段が、やけに長く感じる。

 誡斗が帰ってきた。

 そう思った。けど


 ……誡斗なら、チャイムを鳴らさないよね。


 裏口の鍵は閉めていない。何時帰ってきてもいいように、深夜でも鍵は開けたままだ。

 鳴ったチャイムは、主に業者が閉店後に来た時に使用するものだ。

 興奮が冷めと、足の進みも緩くなる。

 カーテンで閉め切った店内は暗く、非常口の緑の光は花莉奈だけを照らす。

 勝手な落胆なのは分かっている。それでも来客だというにも関わらず、玄関の直前で動きが止まってしまう。伸ばせば届くのに、急に腕が何倍にも重くなったようだ。

急かすように、もう一度チャイムが鳴った。


「……っ。はーい」


 今度はちゃんと動いた。

 内鍵を回し、玄関の扉を開ける。


「どちら様でしょうか……?」


 そこには派手な服装の小柄な少年と、スーツ姿の男性が二人いた。

 妙にバランスの合わない組み合わせだ。誰なのか、何の用なのか見当がつかない。

 真ん中の少年が屈託のない笑顔で話しかける。


「えーっと、霧江花莉奈サンであってるっすかね?」

「ええ、そうですけど」

「ああ、よかった。実は地理とか苦手なんすよね。だから住所だけ教えられても合ってるか不安で不安で」

「はあ……」


 花莉奈に用事があるのは間違いないらしいが、いったい何なのか。


「あの、要件はなんでしょう?」

「あ、はい。拉致しに来たっす」

「……え?」




 雨が降っていた。

 小さな喫茶店の悲鳴は、雨が地面に叩きつけられる音よりも、小さい。

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