第19話 お呼びじゃねえんだよ

 踏みつけて舞った飛沫が裾を汚す。


「……道間違えてたらシャレにならねえな」


 下水道を進みながら、誰に言うわけでもなく独り言つ。

 水は思ったよりも浅かったが、靴の中に浸水するには十分で、重さと気持ち悪さにようやく慣れた。

 いくつかの分岐を地上の本店と位置を考えながら進んでいるが、地下には風景というものがない。この下水道も体感ではまっすぐに感じるが十中八九直線ではないはずだ。いつの間にか見当違いの方角へ進んでいてもおかしくないが、困ったことにどう修正すればいいのか、そもそも修正する必要があるのかも分からない。


 ……GPSが使えれば楽なんだがな。


 残念ながらスマホは使い物にならない。仮に使えたとしても地下では無意味だが。

 幸いなことに壁に等間隔でライトが設置されているから光源の心配はない。恐らくこのライトもスペシャルスタッフが用意したものだ。有線で繋がったものではなくバッテリー式なのは、後から付けたからだろう。

 普通、下水道に明かりは必要ない。少なくともライトがある道を目指せば大きく外れることはないと見た。

 だからといって、道が合っている証拠には勿論ならない。

 それでも進むしかない誡斗は水気に足を取られながら歩き続ける。


「まだ着かないのか? 長い道のりだぜ」


 歩き続けた時間と本社までの距離を計算した予測ではあるが、かなり近づいていると思う。

 ただほとんど勘に近い。次に梯子を確認したら、一度上って現在位置を確認してみよう。

 そしてまた暫し歩く。

 浅いとはいえ水の中を歩くというのは体力を使う。

 汚れた水を吸った靴下は重く、足を動かす度に水の抵抗力が働く。

 水中トレーニングなんてものが流行るわけだ、と感想を抱きつつも戦いに必要な体力まで奪われないかと懸念もする。


 いい加減着いてほしい。

 そんな願いをまさか神様が聞いていたわけではあるまいが、下水道の先に壁のライトとは違う、指向性を持った強い光を見つけた。

 光はまっすぐとこちらを差している。

 進む。

 光が強くなる。そして、影も段々強くなる。


「知らなかったな」


 光はスポーツの夜間練習等で使われる背の高い投光器だった。

 一般のライトより強い光を発し、暗闇でも十分な明るさを作ってくれる。近づくと眩しいくらいだ。

 投光器の前には、律義にも設置したであろう人達がいる。


「最近の会社には地下にも受付があるのか。パンフレット見ときゃよかった」


 全員、異形者ミュータントだ。

 大半が全身か一部を人外に変貌し、人の形を保っている者も石を潰したり火を噴いたりとパフォーマンスを欠かさない。

 ヤツらの様子を見るに、偶然や常時警備しているという感じではない。

 明らかに侵入者が来るのが分かっていて、待ち構えている有様だった。

 投光器の前にいるだけでも十数人。逆光で見えないだけで、後ろにも気配は感じる。

 光を背にする化物達の内、獅子の頭を持ったミュータントが前に出た。

 首には当然、空十字のアクセサリー。


「来たな異形狩り。我々の裏をかいたつもりだろうが、生憎ここが貴様の墓場だ」

「へえ、そりゃ驚きだ。ところで、同じセリフ吐きながらくたばったヤツらを知ってるんだが、もしかして友達か?」

「いいや、違うな。なぜなら……」


 獅子頭が動くと同時、化物の群れがこぞって殺意を剥き出した。


「貴様は今日ここで、必ず死ぬからだ!」

「だったらテメエらの墓場にならねぇように祈っとくんだな!」


 背中のホルスターから得物を取り出す。

 “それ”は八つの銃口を持つ銃だった。

 縦二列の横四列。胴体程の銃身に収まるものは、そもそも弾丸ではない。


「暴れろ、トムボーイ!」


 引き金を引くと、八つの小型ロケットが下水道を所狭しと暴れ回る。

 どれ一つとして同じ場所へ進むことはなく、無意味に複雑な曲線を描き、それでも獲物に食らいつこうと燃料を燃やす。


「な、なんだ……⁉」


 驚く集団の元に飛来するロケット。

 爆発による火炎と飛び散った鉄片は一帯のミュータントに重傷を与え、近くを飛んでいたロケットを誘爆する。空中での爆発はより悲惨で、地面のような遮るものがない為に三百六十度の有効範囲全てを破壊する。それが更に、誘爆を促す。

 八連装填携帯式超小型ロケットランチャー。通称トムボーイ。


 弾かれるというより突き飛ばされる反動は、足場が悪いのを除いても転がってしまいそうになる。力の強い右腕で撃ち、両腕で支えても反動を殺しきることは出来ない。未だに腕の痺れが止まらなかった。

 ロケットが四方八方に飛び回り爆発を繰り返す様はまさしく地獄絵図だが、見た目とは裏腹に殺傷能力は高くはない。

 高い制圧面積を有するが、携帯性を高めた結果、サイズが小さい=威力が低くなっている。ロケットと銘打ってはいるが中身は推進力を付加したグレネードに近い。

 しかも広域を攻撃可能のまま軌道を読まれない工夫をしている、と言えば聞こえはいいが、解決策は推進力の強弱をランダムにするという奇天烈な方法だ。これによって前に進む以外の進行方向が分からなくなったが、それは撃った本人すら分からないというわけで、集団戦において味方に当たるという事故が多発した。下手をすると、発射してすぐにロケット同士が干渉して目の前で爆発を起こす、なんてこともあったらしい。

 結果、廃れてしまったのが、この|暴れん坊(トムボーイ)だった。

 今や誡斗以外が使っている姿を見たことはない。

 単独行動が多い誡斗だからこそ使うのに躊躇いはなく、対複数においては切り札にもなり得る。それにこういった閉鎖空間では殺傷能力の低さなど微塵も感じさせない。そもそも殺傷能力の低さもロケットにしては、という前置きで、威力自体は十分にある。

 逃げ惑うミュータント最後の一発が命中し、近くにいた者達も例の如く被害に合う。

 残り一機となった投光器が照らす景色の中に、立っている影はほとんどない。無傷でいるのは、もっと少なかった。

 半分に減ればいいほうだと思っていたが、期待以上の戦果に口笛を吹く。


「っ! 舐めるなぁ!」


 運良く爆発範囲から逃れた獅子頭が獰猛な牙と爪を剥き出しに襲い掛かる。

 百獣の王の姿を模しているだけあって、流石に速い。

 水の抵抗を感じさせない走りはまっすぐに誡斗の喉元を狙う。

 冗談を言っている暇はなさそうだ。

 空になったトムボーイの銃身を、友人に土産を渡す軽さで前に投げる。

 金属製の塊は獅子頭の障害物となったが、猛勢を防げる程ではなく、簡単に振り払われた。


「……あっづ⁉」


 しかし障害物としての役割は果たす。

 八つものロケットをほぼ同時発射した銃身は一瞬にして高温に至り、また使い捨て前提である為冷却機能など備えていない。申し訳程度に耐熱処理されているグリップを除けば、素手で到底触れるものではない。

 どうやらそれは獣の毛皮も例外ではないらしい。


「熱いか、猫ちゃん? 冷やしてやるよ」


 代わりに備えたブルファイトの銃口に火が灯る。

 熱に怯んだ隙はそのまま致命傷に至り、柔らかそうな毛皮を汚水に浸した。

 下水の流れに従って、彼の中身が生き残りを目指して流れ出る。


 ばしゃり。


 隠しきれぬ足音が後ろから二つ。

 爆発を上手く回避した者達だ。発砲直後の隙を狙って仕掛けてくる。

 誡斗は振り向きながら飛び退いた。

 地面数センチを漂いながら、向かって左のミュータントを撃つ。

 弾丸は胸部を穿ち、手にした氷の刃は溶けて下水と混ざる。


 次いで右側。

 相方を仕留める時間は接近を許す隙となり、陽炎を纏う輝赤色の腕が懐まで迫る。

 このまま何もしなければ首が焼き切れるのは容易に想像がついた。

 ――だから右腕で掴んだ。

 すぐさま合成皮革が焼けて音と灼熱が伝わる。まるで右腕だけ溶鉱炉に入れられたみたいに爆発的に熱さが広がった。

 勝利を確信したミュータントの表情を見て、滞空時間は終わりを告げた。

 諸共に重力に叩きつけられ燃えているに等しい腕が水に触れた途端、蒸発で近場の水が消え、水蒸気が蔓延する。

 一瞬でほぼゼロになる視界。

 しかし掴んだ腕は未だ離れず繋がれたまま。

 熱さを通り越した痛みを無視し、その先に銃を向ける。


「テメエらはお呼びじゃねえんだよッ!」


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