第16話 血の繋がらない家族
「……これでよし、っと」
玉兎の妹を捕まえていた縄で男達を拘束し、誡斗は手を叩いた。
まだ脱出という手段が残っているが、山場は超えたと言っていい。
「あの……ありがとうございました」
後ろから玉兎の妹が話しかけてくる。名前は確か、あずきだったか。
「気にするな。これも仕事だ」
「分かってます。けど、あなたのおかげなので」
彼女のまっすぐな瞳に、一瞬どうすればいいか分からなかった。
誡斗の元に来る仕事は、必ずしもただの被害者とは限らない。
自分から面倒事に首を突っ込んで、収集がつかなくなったから助けてほしい、なんて依頼も珍しくない。
感謝の言葉を受けても、どこか後ろめたさや楽観的なのも多い。
だから純粋な感謝というものは、なんというか、面映ゆい。
「いいから、そういうのは。早く出るぞ」
「おやおや? もしや異形狩りともあろう人が照れてらっしゃる?」
「うるせえ」
「ぜんぜんいいと思うぜ、そういうの! 人間味があって!」
「うるせえって!」
余裕はあっても油を売っている暇はない。
異変に気付かれる前にここを出なければならないのだ。
「異形狩り……?」
扉に手を掛けた時、あずきが消えそうに呟いた。
「異形狩りって、兄さん、大丈夫なの?」
「あ、ああ、大丈夫だ。何の問題もない。平気さ、平気」
玉兎がそっと肩を抱く。あずきの顔は少し青ざめていた。
「どうした?」
「いや、な、なんでも? きっと疲れてるんだよ。さ、速く休ませてやらないと」
それには同意するが、いささか様子がおかしい。
何故だか焦っている玉兎に、顔を合わせようとしないあずぎ。加えて先程の言葉。
「……もしかしてミュータントなのか?」
あずきが肩を震わせた。それが答えだった。
玉兎はそんな妹の前に立ち、必死に弁明する。
「まあ待て、落ち着けって。確かに俺は妹がミュータントだって一言も言ってない。それは謝るよ、悪かった。けどぜんぜん大した能力じゃない。精々ちょっと速く動けるだけさ。ほんの一メートルだけ。それに依頼人の俺は普通の人間だし、ここで倒れてる連中は皆ミュータントだ。ミュータントの揉め事だ、何の筋も違っちゃいないだろ?」
「あー、分かった。取り合えず落ち着け」
そう言って二人と距離を取って背中を向けた。
落ち着きたいのは自分のほうだ。
前回に今回と、何度騙されれば気が済む。それだけじゃない。人間と偽ってミュータントが依頼するのは何度かあった。
その度痛い目にあわせて分からせてきたが、今はそれどころじゃない。
……そうだ。優先するのは別にある。
まずは仇。他は二の次だ。
それにバージオと違って玉兎は人間だ。でなければ普通、わざわざ異形狩りを雇いはしない。
害意はないし、命の恩人の依頼だ。
どうにかして自分を納得させていると、玉兎がいつの間にか近づいて顔を覗き込んでいた。
「機嫌なおった?」
今ので台無しになりそうだ。
「許してくれ。俺はあずきが何より大切なんだ」
「……じゃあなんで逃げたんだ」
事のあらましは聞いている。
ミュータントの集団が家を襲い、妹が囮になって逃げ伸びた、と。
妹が大切なら逃げずに身代わりになる選択をすればよかった。
「あずきも俺のことを大切に想ってくれてる。それが分かってるから死ぬわけにはいかなかった。幸い奴らの目当ては俺だって分かってたからな。妹が人質にされても殺されることはない。……死ぬみてえに辛かった。でも俺は、俺が死んだ後だろうとあいつを泣かせたくないんだ。……それでも無事でいる保証はないから心配で心臓が潰されそうだったけど」
「……本当に大切に想ってるんだな」
誡斗は花莉奈の為なら死地へ向かうことも厭わない。
だけども誡斗が死ねば花莉奈は悲しむ。それを分かっていても、止まることは出来ない。
大切が故に一度は差し出し、救う手段を講じる。
苦渋の決断だっただろう、だが玉兎はそれが出来る男だった。
「あったり前だ。お互いの親が死んで頼れる奴もいない。他に大切なものが出来る余裕なんてぜんぜんない」
「妙な言い方だな」
お互いの親。同じ親ではないのか?
「まだガキの頃に親が再婚してな。連れ子同士なんだ。だから血は繋がってない。でも家族だ」
血の繋がらない家族、か。
ふと孤児院を思い出した。
瞼を閉じ、開けると、先程までの疑念は消えていた。
「行くぞ。不審がられて応援を呼ばれてたら困る」
「そうこなくっちゃ! ほら、あずき行くぞ」
「え、あ、待ってよ!」
地下から階段を上ると、厳重な扉が地上との隔たりを作っていた。
もっともそれは過去の話で、今は破壊されて役目を果たしていない。
すんなりと地上に戻った先には、月明かりに照らされた事務室と、倒れた数人のミュータントがいた。
「これは……?」
「深呼吸はするなよ。まだガスが残ってるかもしれねえ」
注意するとあずきは両手で口を覆う。
「大丈夫だろ、窓開けてるし。ほとんど残ってないんじゃないか?」
あずきを救出するにあたってすべきことは、まず目立たないことだった。
まず使い捨ての中古PCを使って玉兎が電子機器をハック。停電させ、連絡手段を断った。人数からして奇襲すれば難なく制圧は出来たが、万が一にも人質に何かがあってはいけない。裏口から侵入し催眠性のガスを蔓延させて内部を無力化。
用意したバッテリーを使い事務所のPCであずきの居所を探し当て、以降は彼女の知っての通りだ。
予想外があったとすれば、地下は独立した電源を使っているのか明るいままだったことぐらいだ。
「というか、ここどこなの? この人達は?」
「なんだ、知らなかったのか」
玉兎は誰に狙われていたか知っていたから、てっきり知っているかと思ったが。
「まあ俺が何を調べてるかなんて教えてなかったからな。俺もまさかいきなり強硬手段を取られるとは思ってもなかったし」
言いながら玉兎は倒れている一人の懐を探った。
「火事場泥棒か? お前趣味が悪いんだな」
「そこまで落ちぶれちゃいねーよ。こいつらが金に困ってもぜんぜん構わないけどな。お目当ては……あった」
見ろ、と差し出したのはアクセサリーだった。
幾何学模様と空洞で作られた十字架。
カマキリ男が持っていたものと同じアクセサリーだ。
「おい、これ……」
「これがアンタへの報酬さ」
自分を襲った男と同じものを、ここの男達も持っていた。
つまり、玉兎と襲った連中と誡斗を襲った連中は、同じ組織だった。
そしてここは奴らが所有する拠点――店の一つだ。
「アンタを助けたのは偶然って言ったけどな、あれ半分は嘘だ。元から俺はアンタを探してたんだよ。あずぎが攫われて、同じく狙われる立場かつ実力のあるアンタ以上に頼れる相手がいなかった。腕も立つしな。あそこで出会えた時はラッキーって思ったけど、まさか殺されかけてるとはな。思い出すだけで冷や汗が止まらねえぜ」
「妹を助けられそうになくてか?」
反対の手で親指を立てられた。
軽く頭を叩いた。
「……で、結局ここはどこで、この人達は誰なの?」
一度は無視されたあずきがむくれていた。
わざとではないが少し気まずくなり、兄にパス。
ええ、と戸惑うがそっぽを向くと観念して説明を始めた。
窓の外からは街灯に照らされた看板が目に入る。
「ここはスペシャルスタッフっていう会社の支店だ。テレビで聞いたことぐらいあるだろ?」
「……あのミュータントの派遣会社? え、なんで派遣会社なんかが私達を襲うの?」
意外だろうな。何せ大企業とは言わずとも、都内では名の知れた派遣会社だ。
個人的には嫌いな会社だが、大々的に広告を打っているので覚えている。
それでも“理由”を聞いた時は流石に驚いた。
「裏の仕事があるんだよ」
「裏?」
「そう。拉致監禁に恐喝殺人強盗スパイ運び屋密売――そういった裏家業への派遣だ」
スペシャルスタッフは派遣会社。
それは表でも裏でも変わりなく、同じくミュータントを派遣していたのだ。
表でも十分稼いでいるだろうに、裏の人間らしく欲張りなことだ。
「俺はとある依頼でスペシャルスタッフを調べていたんだ。裏の仕事をしているのは簡単に分かった。けど肝心の情報はもっと奥にあった。バレないように丁寧に仕事していたつもりだけど、ポンッとブラックリストのトップに名前が載っちまってな」
そのブラックリストの中に誡斗の名前も載っていたらしい。
どうやら異形狩りとして請け負った仕事の中に奴らの仲間がいたようだ。向こうとしては営業妨害に従業員の減少。知らぬ間に怨みを買っていたというわけだ。
もっとも、だからといって悪党に遠慮してやる気は更々ない。
ちなみにあずきの居場所が分かったのは、彼らの家に住所を書かれた紙が置いてあったからだ。まさか店の中に監禁しているとは思わなかったから、流石に罠かと思ったが。
「つまり俺も誡斗も奴らにとっちゃ目の上のたんコブなのさ。……悪いな。お前に苦労させたくないからこの道に入ったのに、結局迷惑かけちまった」
「……謝らないでよ兄さん」
玉兎は顔を上げる。
あずきは兄に対して柔らかな笑みを浮かべていた。
「そもそも情報屋なんて普通じゃない仕事をする時点で危ないと思ってたし、いつかこうなるかもとは思ってたから。だからいざって時に動けるように柔道を始めたの。まさか私が自分の身を守るためだけに始めたと思ってたの? 言っておくけど、柔道を始めたのも融通の効くバイト始めたのも全部兄さんのためだから。兄さん何も出来ないくせに私に格好つけるし。この前パンツに穴が空いてたから交換したの気付いてた?」
「え、いや、あ、へー、そうなんだ知らなかった、ありがとう……本当にごめんな?」
「……っぷ、ははは」
つい漏れ出した笑い声に視線が集まる。
これは仕方ないだろ。
てっきりシリアスな雰囲気になるかと思えば、出てくるのは玉兎の情けないエピソード。これは笑ってくれと言っているのと同じだ。
ああ、懐かしい。自分も孤児院にいた頃は喧嘩なのかふざけ合いなのか分からないことをよくしたものだ。
笑い声で冷静になったのか、二人は顔を赤くして明後日に視線を向けた。
「くくっ、どうした? 他になんか面白い話ないのか?」
「ぜんぜん面白くない。アンタのほうが悪趣味だぞ」
「ったく仕方ねえな。そろそろ行くか」
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