第3話 私、甘いもの苦手なのだけれど

 ちりんちりん、と鐘が新たな客を告げる。


「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」


 足音が近づく。

 というか、すぐ傍で止まった。

 花莉奈の戸惑う声が耳に入る。

 見なくても分かった。新客が誡斗の向かいに座ったのだ。

 一瞬だけ視線を向ける。

 金髪の女だ。肩と谷間を大胆に晒し、ねっとりとした目で誡斗を見つめる。


「席なら空いてるぞ」

「あなたが揉め事処理屋?」

「……休業中だ」

「そう。けど私は忙しいの。話だけでも聞いてくれないかしら。店員さん、彼と同じものを」

「え?」

「あら、あなた席についてるのに何も注文してないの?」

「……後悔するなよ」


 花莉奈に促すと、渋々もう一人分作りだす。

 とりあえずこちらの話を聞く気はないらしい。

 仕事柄時間を選べないのは承知だがもう少し間を空けて欲しいものだ。

 ふと女が怪訝な表情を見せる。


「それ、流行ってるの?」


 右腕のことだ。

 ジャケットの左腕はめくっているのに、右側はしておらずグローブさえ着けている。露出を嫌うように、不自然なまでに徹底されて隠していた。

 あまり触れてほしいものでもない。見えないようにテーブルの下に移動させる。


「ちげえよ。で、依頼は?」


 女はまだ腕を気にしていたが、話す気がないと分かると仕事の話に戻る。


「まずは自己紹介をしましょう? 私は沙羅・バージオ」

「ハーフか」

「ええ。これも自前よ」


 と、自らの長髪をすく。

 今の時代、外国人の存在は珍しい。

 というのも車、船、飛行機、ほぼすべての乗り物の燃料にクラミツハは使われている。燃料以外にも発電など様々な形で現代の全人類を支えている。しかしながらクラミツハの油田はそう多いわけではなく、海外との輸出入は行われていても旅行に行けるほど余裕があるわけではない。不可能ではないが一部の富裕層の娯楽でしか味わえない。

 似たような理由で個人が車を持つことも少ない。その代わり公共交通機関は充実しているから苦労することはないが。


「もしかして期待してる?」

「そうだな。たんまり報酬を貰えそうだ」

「残念だけど両親は私に愛想を尽かしてるの。あなたは?」

「黒川誡斗」

異形ミュータント狩りハンター、で有名な?」


 ミュータントは能力によって向き不向きが大きく分かれるが、特に戦闘に特化したミュータントは兵器扱いされることも多い。ミュータントはミュータントでしか倒せない。そんな噂が立つほどに

 そんな化物共の退治を専門にする異形狩りの噂が巷では流行っている。


「ああ。そうだ」


 誡斗こそがその噂の張本人だった。

 期待通りの答えを聞いたバージオは満足げに微笑む。


「普通の人間って聞いたけど、どうやってミュータントと戦うのかしら」

「それが依頼か? 戦い方なら道場に通ったらどうだ」

「結構いじわるなのね」


 バージオは一枚の写真を取り出す。


「こいつは?」


 写真には、恐らく男だろうか、異質の肌をした人物が写っていた。

 灰色の肌に四角い顔。両目は少し離れ、口は広く垂れ下がっている。とっておきは額に向かって逆立った鼻。動物のサイが確かこんな顔をしていた。

 ミュータントは全てはが先天性だが、生まれながら人外の姿をしているものと任意で変えられるものがいる。仲間と談笑している姿を見るに前者らしい。

 遠くから撮影したものらしくややボケているが顔を確認するには十分だ。


「最近規模を拡大している不良グループのリーダーよ。名前は坂本敦。他にも何人かミュータントがいるわ」

「こいつを何とかしろって?」

「出来れば解散がベストね。……この近くに孤児院があるの」


 そのワードに思わず反応する。


「このまま大きくなれば確実に孤児院は縄張りに触れるわ。なんとかしてほしいの」

「孤児院の関係者か?」

「……当たらずも遠からず、ってところね」


 写真の隣に茶封筒が置かれる。花莉奈に渡したものよりは薄めだ。


「五十万で足りるかしら」

「前金か? 太っ腹だな」


 カウンターから控えめな音がする。

 客が立ち上がったようだ。


「帰るよ。お金置いとくね」

「え、あ、ありがとうございました」


 言うや否やそそくさと逃げるように店から出ていった。

 カップを片付けながら花莉奈が眉をひそめる。


「そういう話は二階でしてって言ったでしょ」

「悪かったよ」


 確かにここで現金のやり取りは生々しい。


「ごめんなさい。堂々としてるからてっきり仕事待ちかと思って」

「休業中っつたろ。で、話続けるか?」

「あなたが受け取ってくれるなら、終わりでいいわ」


 と、封筒を指で小突く。

 要は孤児院が危険になる前に小悪党共を片付けろ、というわけだ。

 ヤクザや殺人鬼相手ならまだしも単なる不良なら多少数が多かろうと問題はない。

 封筒に手を乗せ引き寄せる。


「連中の行動は?」

「週末の夜なら港近くの廃倉庫にいるわ」

「オーライ。今晩行く」


 仕事は早めに終わらせるに限る。

 話に区切りがつくと、見計らったかのように花莉奈が注文の品を持ってきた。


「お待たせしました。スペシャルサンデーとホワイトモカショット少なめホイップチョコ多めです」


 え? と息を飲む声が向かいから聞こえた。

 丼のような透明なグラスに引き詰められたフレークの上に大量のアイスとフルーツとクリームで山を作り、とどめにチョコソースを富士山の雪のようにかけたものが、それぞれの前に置かれる。

 これを初めて見た人は早食いか大食いか、あるいは複数人用だと思うだろう。実際これを注文しては一人で完食するのを自分以外に見たことがない。

 これに甘くカスタマイズしたモカを合わせるのが仕事終わりの定番だ。

 甘党の自分にとっては欠かせないもので、花莉奈も文句を言いつつも用意してくれる。


「……私、甘いもの苦手なのだけれど」

「俺と同じもんっつったのはお前だろ」


結局、報酬の一部ということで料金だけ払って帰った。

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