第4話 地面のシミにでもなってろ
日が暮れて早々に誡斗は件の廃倉庫に着いた。
廃倉庫といえば壁が剥がれ鉄骨が丸見えで、無事な部分も錆だらけ、人が近寄らないから刺激を求めた恋人がラブホ代わりに使ったり小悪党が悪巧みに使ったりするイメージがある。
それは的外れというわけでもなく、ここは分かりやすい不良のたまり場となっていた。
いくつかある倉庫のほとんどが崩れかけであり、中には天井すら落ちているものもある。その中で無事なものの一つに人影が群がっていた。
分かりにくいがギャングカラーである青の入った――自分の服と似た色が気に入らない――衣類をまとった十代後半の少年達だ。数十人といる彼らの中には当然、ミュータントもいた。
ミュータントは決して珍しい存在ではないが、特異性から忌み嫌う人もいる。
ミュータントはその能力から社会に適合出来ない存在が必ずいる。
驚異的な身体能力故に破壊衝動が抑えられない者。異常な性癖と能力が噛み合ってしまい絶えず犯罪に手を染める者。自らを特別視しすぎて他者を貶める者。
そんな一方的な蹂躙を誡斗は何度も見てきたし、経験もした。
警察は当てにならない。奴らは狡猾で逃げ道をいくつも用意している。それに今の時代、警察は弱者の保護をうたいながら犯罪組織と手を繋ぐ。
誰かが動くしかない。
揉め事処理者を始めるきっかけは、そう思ったことだ。
戦う力を持ったものが戦わなければ弱肉強食の時代は終わらない。その為に誡斗は自らを鍛え上げる。
不良グループから目をそらす。
廃倉庫の敷地は広く、入り口と一番近い倉庫まででも百メートルはある。敷地の北側にはちょっとした雑木林があり、その向こう側に孤児院がある。
迂回しても三十分もかからない距離だ。ヤツらの行き帰りに接触しないとも限らない。
本来なら不良グループの退治などやる気の欠片も出ないが、同じ孤児院育ちとして今回の件は見逃せない。
そろそろ全員集まっただろうか。応援や打ち漏らしがあると面倒だ。
開戦をかまそうとした矢先。後ろから足音が近づいてくる。
「お? あんた誰よ?」
振り返ると奴らと同じ装いの若者が二人、コンビニの袋を片手に立っていた。
「新人?」
「そんな話あったっけ?」
「お前らが最後か?」
問うと、二人は訝しげに睨みを効かす。
「何? その口の利き方?」
「あの穀潰し共はお前らで最後かって聞いてんだ」
「ああ? ごく……なんだって?」
「……まあいいか。大人しく地面のシミにでもなってろ」
「そういえばこの倉庫、でっかいシミあるじゃないですか」
坂本敦は話に割り込んできた少年を見た。
歳は敦より三つ下。メッシュや口ピアスを付けたりと派手ではあるが、腰が低く常にこちらの表情を伺っている、色々と便利な少年だ。
敦率いる“
総勢五十人を上回る大所帯であり、自らを含め1/3がミュータントという新興勢力ながらも古参組織に引けを取らない戦力を持つ。事実設立当初に比べ、舐められるどころか一目置かれる存在となった。
自分が東京のトップに立ってやる。そんな気持ちでグループを立ち上げた敦にとって上々の駆け出しだ。だが組織が大きくなるにつれて困った問題が出てくる。
溜まり場だ。
少人数ならまだしも五十人以上が集まれる場所となると探すのが難しい。
都心から近くて人目につかない広い場所となると既に別のグループが陣取っているし、かといってどこかの店だとヤクザのケツモチがほとんどだ。
戦争で奪い取るのも一つの手だが警察に捕まると厄介だ。今時警察が犯罪行為を見逃すのは珍しくないが、あくまで懐に収められるものがあればの話。通報があれば敦達のようなただの不良は普通に取り締められる。
勢力が大きくなるにつれて溜まり場もなくなっていく。そんな時だった。
新参のこの少年がこの廃倉庫を見つけてきたのだ。
少々歩くが誰のシマというわけでもなく、騒いだところで警察もやってこない。
これ幸いと、以降ここを溜まり場として勢力拡大に勤しんでいる。
敦達がいる幹部専用の倉庫は、残っている中でも一番綺麗な倉庫だ。各自イスやソファを持ち込んで各々自由にくつろいでいる。ただ電気が通ってないのでランプなどでは薄暗いのが難点だ。
中に入れるのは敦が認めた幹部の他に少年のような便利な小間使いだけ。
基本的に小間使いは幹部の側で指示を待つかご機嫌伺いで、少年もそれは同じなのだが、どうやら今回は面白いネタを持ってきたらしい。
「あれ、最初冗談で血じゃないかって言ってましたけど……どうやらマジらしいですよ」
「へぇ、事故でもあったのか?」
幹部の一人がそう聞くと、少年は首を振って否定する。
「いいえ。……殺し、ですよ」
「ほお」
事故程度では肩透かしだったが、事件となると俄然周囲の食い付きが良くなる。
無論、敦もそうだ。
「この倉庫が捨てられたのは何年も前なんすけど、事件があったのはほんの二、三年前なんす。近くに誰もいない、建物もない、どれだけ叫んでも誰も助けに来てくれない……。そこに目を付けたヤクザがここを拷問部屋として使っていたらしいんすよ」
「ヤクザの拷問かあ。ヤバそうだな」
「実際ヤバかったらしいっすよ。手足を杭で打って台に固定したり、爪を一枚一枚丁寧に剥がして飲ましたり、首から下の皮膚を数時間かけて剥がしたり……無事なのは喋るのに必要な口だけって話っす」
「うわグロっ」
「しかも近くに海も林もあるから死体の処理にも困らない……」
「……それマジだったら俺らもヤバくね?」
「なに? ビビってんのか?」
「そうじゃねえけどよ、ヤクザが来てんなら洒落にならねえだろ」
ヤクザの暴力と不良の暴力とでは訳が違う。もし本当にここがヤクザの拠点の一つだったら“犀黒伏”の存続は危うい。
けれども敦はそれはないなと感じていた。
「ここを本当にヤクザが使ってたら、とっくに見つかってたはずだろ」
倉庫を拠点にしてから数ヶ月が立つ。それまでに見たものと言えば肝試しに来た同年代ぐらいだ。
少年の話を聞いて分かったことだが、どうやら彼らはこの噂を聞いてやってきたらしい。
「つまりこいつの作り話ってことだな」
「いやいや殺しがあったのはマジっすよ。ここで拷問を受けた死体が見つかったんすよ」
「ホントかあ?」
「ホントっすよ。なんなら今度それ乗った新聞持ってきますよ」
「まあ警察が来たらヤクザも撤退するか」
「どうですかね。警察だってヤクザから金受け取ってるって噂じゃないですか」
「シマが違ったか、内緒にしてたとかだろ」
「確かに警察も来ない場所ですしね」
「で、その事件の後に肝だめしに使う人が増えて、ヤクザの幽霊を見たとか、倉庫に近づくと『助けて』って声が聞こえたり」
「やっぱりウソじゃねえか」
「ウソじゃないですって」
「だってよ、俺らがここを溜まり場にして三ヶ月ぐらいか? そんなの一度も聞いたことねえぞ」
「まあ幽霊云々は尾ひれかもしれないっすけど」
「……おい、今何か聞こえなかったか?」
「えー、敦さんまで何言ってんすか」
「いや、確かに何か聞こえるぞ」
身体能力が強化されるミュータントは五感も強化される。その強化された聴覚が捉えた。
他のミュータントの幹部達も同様で、気付いていないのは普通の人間か非強化型のミュータントだ。
幹部専用倉庫は状態が良いだけあって防音性も悪くない。扉を閉めれば外の部下達の声は聞こえても何を言っているかまでは分からない。こちらで会話をしていたら気付かないくらいだ。
外が騒がしい。
何十人もの部下が外にいるのだから騒がしいのは当然なのだが、いつもの騒がしさとは違う気がする。
全員が口をつぐみ耳をすますと、より顕著に表れる。
幽霊の話をすると本当に幽霊が現れる、なんて噂を思い出した。
馬鹿馬鹿しい。幽霊なんているわけがない。
だが倉庫内の妙な緊張感が噂を消してくれない。
「おい、外の様子を見てこい」
「ええ? オレっすか?」
「早く行け!」
少年が恐る恐る扉へ近づく。
近づくにつれて異変に気付き始めたのか、動きが緩慢になっていく。
「な、なんか助けて、って聞こえた気がするんすけど……」
「早く行け!」
「うぅ……」
情けない声を上げながら再び扉へと進む。
全員が、少年から目を離せずにいた。
そして、少年が扉に手をかける。
小さく開いて
「助けてくれ!」
「うわあ!」
何かが勢いよく入ってきて少年を押し倒した。
本当に幽霊だと思ったのか何人かは悲鳴を上げる。
自分も内心ビビっ――少し驚いたが、ボロいソファから立ち上がり最大級の警戒をする。
幹部達も同様で、中には既にミュータントとしての姿に変身している奴もいた。
だが、少年を押し倒したのは青い上着を着た部下だった。
安堵感から少し余裕が出来た敦は部下に問いただす。
「おいなにが――」
「カチコミっす!」
普段なら言葉を遮るのを叱るところだが、この一言で敦のスイッチが切り替わる。
「どこの組織だ!?
「そ、それが……」
「入り口で寝そべってんじゃねえよ」
「うぐっ!」
その男は部下を踏み台にして入ってきた。
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