第5話 来いよ化物
誡斗は倒れた不良を足蹴にしながら倉庫内に入る。
無駄に広い空間に数は八人。幹部クラスだろうが拍子抜けする。
腰が引けてるのが三人。戦力になるのは五人か。内、変異型ミュータントが三人いる。残りの二人は見た目だけではミュータントかどうか分からない。
「てめえどこのモンだ!?」
「あ?」
「どこの組織か聞いてんだ!? そ、それともヤクザか!?」
「ああ。別にちげえって」
犀面の男に適当に返事をしながら懐から写真取り出す。
普通の人間の顔と違って見分け難いが、坂本敦に該当するのはこの犀面だけだ。他に同じタイプのミュータントがいるとは思えないのでとりあえず目標に定める。
「テメエが坂本敦だな」
「な、なんで俺の名前を……!」
「写真の方が男前だな」
「はあ!?」
手首にスナップを効かせ写真を投げる。
丁度敦の足元に届き、表情を一変させた。
「ご近所迷惑だとさ。恥の上塗りする前にとっとと解散しな」
「て、てめえナニモンだ?」
「ただの伝言係だよ。もっとも、言葉だけで終わるとは限らないけどな」
「……外にいた部下達はどうした?」
「何人か小突いたら蜘蛛の子みたいに逃げてったぜ」
所詮は数任せにイキっているならず者達だ。ヤクザの方がまだ手ごたえがある。
ギリッ、と噛み締める音がこちらまで聞こえてくるようだ。
次第に周囲の仲間達も雰囲気も剣呑になっていく。
「来るか? 止めとけって。いくらミュータント嫌いでも弱い者いじめする趣味はねえんだからさ」
「舐めるな!」
敦のドスの利いた低い声が倉庫内に響く。
「俺ら東京最強“
「サイクロプス? ……まさか見た目とかけてるのか! ダッセエ! テメエらちゃんとサイクロプス知ってんのかよ」
ゲラゲラと腹を抱えて笑うと敦の顔が真っ赤に染まる。図星なのか挑発に慣れてないのか。それがまた面白い。
「来いよ
「ぶっ潰す!」
来た。
敦が取った選択は突進だった。
鋭利な角を前に、誡斗よりも大きい身体が圧を持ってやってくる。
己の能力を存分に活かした攻撃だ。二回りも太い足は本物の獣さながらの速度を生み出し、膨張した巨躯は獲物を簡単には逃がさない。十メートルはあった距離が一瞬で詰められ、殺意をもった凶角が目前まで迫る。容易く命を刈り取る化物の一撃に誡斗は――
「よっ――」
角に触れ、足を掛けた。
「――――!」
それだけで、敦の巨体は宙に浮く。
なすがまま、されるがまま、彼は意味も分からず己の殺意を背中に受けた。
「がっ――!」
体重と速度が組み合わさった破壊力はコンクリートの地面に無数の割れ目を付け足した。
目の前に迫っていた脅威は、今は足元に転がっている。
合気道の応用だ。他者の力で他者を制す技。少し力が進む先を変えてやるだけで必殺の一撃は己を蝕む毒と化す。
今や敦は混乱と衝撃で呼吸すらままならない。
だからといって手を緩める誡斗ではない。
「おまけ、っだ!」
先程の繊細な技術とは打って変わって力任せに何度も顔面を踏みつける。
これまでの経験から防御策として靴底に鉄板を仕込んでいたのだが、今回に限っては攻撃手段として役に立つ。
守るために出した腕すら容赦せずまとめて踏み潰し、数度で頑丈であった肉体から血が流れ出る。
加えて数度目で、敦は動かなくなった。
か細い呻き声が聞こえるあたり死んではいない。誡斗もそのつもりまではなかった。
「で、他には?」
残ったメンツに話しかけると、誰もが物凄い速さで首を横に振った。
「じゃあこいつが起きたら言っとけ。今日で解散。またこの辺りで見かけたら同じ目に合わせるってな」
首を縦に振る不良共。バリバリ戦闘態勢になっていたミュータントすら人間の姿に戻った。
あっけない。これで仕事は終わりか。
数は多かったが所詮は烏合の衆。肝心のリーダーすら若気の至りといった感じだ。
曲がりなりにも暴力沙汰で稼いでいる身としては肩透かしすら感じる。
脅し文句を付け足して早々に帰る。晩飯の時間には十分間に合いそうだ。
引き返し――すぐに足が止まった。
向かう先に黒フードの男。
見たところ不良共の一員というわけではなさそうだが、倉庫の扉の前に陣取り動かない。
用があるのは誡斗か敦か、はたまた両方か。
不気味な野郎だ。
「誰だお前。騒音の原因ならたった今片付いたところだぜ」
敦を指さしても無反応。耳聞こえてんのか。
仕事は終わった。ここに長居するつもりはないし、余計なトラブルを抱える気もない。
この男は無視し、全部敦の下っ端に任せることにする。そのぐらいの社会貢献はしてもいいだろう。
「じゃあなガキ共。もう悪さするんじゃねえぞ」
歩み出してもやはり不動。
目の前まで近づいても、不動。
「どけよ。嫌がらせかオイ」
「――異形狩りだな」
一の字の唇が弧を描いた。
――瞬時に飛び退く。
揉め事処理屋としての経験と勘が考える前に身体を動かす。
全身よりもまず一部を。縮めたバネの如く上半身を反らして地面を蹴る。
飛んだ、と自覚してから“それ”に気付いた。
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