第6話 罪には罰を。殺意には脅威を。異形には武器を。


 “犀黒伏”の一員がまず最初に気付いたのは、音だった。

 ドガンッ! とも、ドオンッ! ともいうような、とにかくデカい爆発みたいな音。

 ボスをぶちのめした男が倒れるのも、急に現れた黒フードが“何か”を振り上げたのも、音の後に気付いた。

 なにがどうなっているのか、知覚は出来ても理解が出来ない。

 理解が出来なくても事態は進み、置いてけぼりのまま次の音が生まれる。


「て、てめえ……!」


 黒フードの男が持ち上げたものは、まるで処刑器具のように鋭く、赤いナニかを滴り落とす。


 ――いや、違う。


 徐々に理解が追い付いてきた。

 男は道具を持ち上げたのではない。ただ腕を振り上げたのだ。

 手首から先が巨大化し、鎌のような形になっている。

 フードがこぼれ落ち見えた素顔は昆虫的で、一目でカマキリベースのミュータントだと分かった。

 そして――その鎌は折れていた。

 先端と思っていた場所は鎌の中程で、鋭く尖った本来の先端はない。

 なぜ?

 “犀黒伏”の面々にその答えはまだ見つからない。だからというわけではないが


「危ねえな。それがテメェ流の挨拶なのか?」


 倒れた男が立ち上がり、答えを示す。




 男の手が鎌に変じたのに対して、誡斗も左手に得物を構える。

 マグナム弾専用大型回転式拳銃『ブルファイト』

 銃身二十五センチ。装弾数五発。威力と耐久性に割りきった誡斗特注のオーダーメイド。

 罪には罰を。殺意には脅威を。異形には武器を。

 故の大型拳銃。故のマグナム弾。

 導き出した答えに間違ったと過ったことはなく、その証拠にミュータントの鎌は半分程度の長さに折れていた。

 欠けた箇所からはヒビと血が大量に流れ出ている。


「……本当は心臓もぶち抜くはずだったんだけどな」


 急所を外す余裕はなかった。

 異形狩りと恐れられている誡斗だが好き好んで殺しをしているわけではなく、戦ったミュータントのほとんどは今も生きている。

 だがこういった手合いはそうとは限らない。一歩誤れば自分が命を落としかねない。そしてそういった相手に限って簡単には死なないものだ。

 本来なら防御ごと撃ち抜くためのマグナム弾。例え鎌が高い硬度を持っていたとしても貫通出来たはずだと、断面から予想出来る。

 にもかかわらず胸まで届かなかったということは反らしたか仕掛けがあるのか。どちらにせよ実力者なのは確かだ。

 プロの暗殺者、あるいは傭兵だろう。名の知れている傭兵は姿も知られているが誡斗はカマキリの傭兵は聞いたことがない。ならば前者かといわれれば策も弄せず正面から来るあたり違和感がある。


「どこの誰だテメエ。ミュータントの怨みなんざ数えちゃいねぇぞ」

「……流石、異形狩り」


 カマキリ男は折れた鎌を背に隠し、無事な方の切っ先を向ける。


「だが死ぬ相手に名乗る名などない!」


 その形状とは裏腹に迫り来るは突き。カウンター気味に引き金を引くが銃弾は行き先を見失い銃声は虚しく空を響く。

 下だ。身を屈め折れた鎌で狙いを足に定めている。


 ――飛ぶ。


 隙を出さずかつ最大限の脚力で飛び上がり、かつ空中で回転。足を延ばして遠心力で高さを保持し、真上から背中を目掛け撃つ。

 そのまま結果を見ることなくカマキリ男を通り過ぎ地上へ戻る。

 着地と同時に前転で衝撃を緩和し、その勢いを利用して振り向き構える。

 誰もいない。

 ただヒビと穴の開いた地面があるだけ。


 ――音!


 右から聞こえた微かな音に反射的に銃を盾にする。するととたんに強い衝撃が銃越しに襲い掛かる。

 遅れて理解したのは目前に迫る巨大な鎌。銃で防いでいなければ、オーダーメイド品でなければ今頃誡斗の首は動体と離れ離れになっていただろう。

 しかし衝撃で体勢を崩したためにマウントポジションを取られてしまう。

 胴体に馬乗りになったカマキリ男を除けようにも腕は鎌を防ぐのに精一杯、鉄板仕込みの足は届きすらしないという有様。弧を描いた刃の切っ先が地面と擦れちりちりと嫌な音を奏でる。


「本当は近すぎる距離は苦手なんだがな。……おかげで克服出来そうだ」


 折れた鎌を見せつける。確かにこの距離から首を刈るには丁度良さそうだ。


「そりゃ良かったな。礼はテメェの泣きっ面でいいぜ」


 右手でカマキリ男の胸倉を掴む。そして押し出す、と、見せかけて引き込む。

 耐えるのにやや前傾になった姿勢は簡単に引き寄せられ、その鼻に頭突きをお見舞い。

 腕の力だけでは威力はイマイチだが怯ませるには十分で、元から潰れていた鼻から血か零れ落ちる。復帰の暇を与えず今度は左足を掴み、片足に力を込めて横に返す。

 そのままこちらがマウントポジションに、と行きたいところだが相手もマヌケではない。脱せられたと理解した瞬間、折れた鎌で牽制して離脱する。

 発砲。

 しかし五十口径の鉛玉は扉を破壊するだけで目標へはなかなか辿り着けない。

  視界の端で捉えた影を追いかける――途端に何かが迫り来る。

 赤黒く広がるナニか。鎌ではないと、右腕で頭を守る。

 お気に入りのジャケットにもソレが付着する。熱を持っているようでほんのり温かい。紺色がソレの色に染まる。それにこの臭い。


 ……血か。


 目眩ましとして使ったなら当然この隙を見逃さないはずだ。

 銃を構える――後ろに。続けざまに引き金を引く。

 判断から実行まで時間差ほぼなし。

 その結果。


「ガアァ!?」


 奴の悲鳴が倉庫に轟く。


「行動が丸分かりなんだよ」


 立ち上がり振り返る。

 カマキリ男は予想通り誡斗の後ろにおり、折れた二本目の鎌を押さえ膝を着いていた。顔の表面からは無数の汗が滴る。

 排莢。スピードローダーでリロードする。


「まだやるか? 尻尾巻いて逃げるならせめてご主人様の名前を言ってから帰りな」

「たかが人間と甘く見たか……」


 顔を歪ませ舌打ちし、カマキリ男は苦々しく呟く。

 立ち上がるや否や駆ける姿に身構えるも、攻めてくるのではなく出入口に向かった。


「ハッ、尻尾巻いて逃げ出すのか?」

「誰が逃げるか。ただ戦場を変えるだけだ」


 両の得物を失って、場所を変えれば勝ち目があると思っているのか。

 甘いな。元々ミュータントと人では力の優劣がはっきりしている。それを承知でなお誡斗は異形狩りとして名を馳せているのだ。

 場所による有利不利などさしたる問題ではない――はずだった。


「お前、孤児院育ちらしいな」

「なっ……!」


 ……なぜそれを!?


 誡斗が孤児院にいたことを知っている人間は限られている。それこそ同じ孤児院の仲間ぐらいしか知らないはずだ。

 それをなぜこんなヤツが知っている?


「そういえばこの近くにも孤児院があったなあ?」

「……テメェ!」


 撃つよりも速く、カマキリ男の姿は消えていた。

 もはや犀黒伏の連中などどうでもいい。元はといえば孤児院が危険な目に合う前に退治してくれというものだ。それをこっちの都合で危険に晒しては意味がない。

 倉庫の外に出ると、カマキリ男がフェンスに登ってこちらを振り返った。

 わざわざ片手だけ人間の――人差し指から小指まで失った――ものに戻し親指で首を切るジェスチャー。

 ただの挑発なら鼻で笑うだけだがこれはそうではない。


 ――速く来ないとガキがこうなるぞ。


 一歩目から全力で走る。

 カマキリ男はすぐさま雑木林に入り姿を眩まし、誡斗もそれを追う。

 倉庫からフェンスまで僅か数秒。背丈より高いフェンスは助走もあってひとっ飛びで飛び越える。

 着地と同時に前転でダメージを殺しつつ勢いをそのまま前進へ結びつける。


 駆ける。駈ける。翔る。


 雑木林は手入れがされておらず、大きな動物も通らないせいか雑草が膝の高さまで生い茂る。

 邪魔な木々を最小限の動きで避け、小枝や下草が皮膚を傷付けようが無視してひたすらに最短距離を全速力で走り抜ける。

 カマキリ男はどこだ?

 走り辛さに加えてヤツの背中が見えないのが焦慮に駆られる。一刻も速く追い付かなければ子供達が危ない。

 その焦りが隙を許した。


 突如として現れた二本の刃。

 日暮れと草木の視界の悪さが反応を遅れさせ、頭上から死神の鎌が如く狩人の命を狙う。

 咄嗟に膝の力を抜くと同時に背筋を酷使。スライディングとブリッジを兼ねた動きで刃から逃れようと遮二無二で避ける。

 間一髪。

 刃は額の薄皮を撫でただけ。

 しかし全速力のさなかでの全力の回避は肉体に相当な無理をさせ、受け身もままならぬまま地面を転げ回った。

 雑草がクッションになってさほどダメージはないが無防備。止まるや否や銃を向けるが果たしてそこにいるかも分からない。

 不意打ちを決めたカマキリ男は再び気配を殺し存在を消す。


「……無駄に知恵は回るみてぇだな」


 口では言いつつも焦りは加速していく。

 これじゃあこっちの様子を伺ってるのか孤児院に行ったかも分からねえ。

 少なくとも遠くは離れていないはずだ。

 この草木の荒れ具合だ。移動すれば必ず音は出る。速ければそれだけ大きな音も出やすい。

 それがないということはまだこの場にいるか、ゆっくりと移動しているということだ。

 先手を取りたいところだが、むやみに動けばこちらが隙を晒すことになる。仮に銃口の先に奴がいなかったら今も隙を晒しているようなものだが。

 もしかすると最初からこの状況を狙っていたのかもしれない。だとしたらまんまと術中に嵌ってしまった。


 どちらにせよ動けなないことには変わりない。

 出来ることは耳を澄まし、自然のものではない異音を探すことだけ。

 風に揺れる草木。虫の羽音。鳥の囀り。

 平時であれば癒されるであろう個々の音は今は邪魔でしかない。――と、耳に入る風切り音。同時に目に入った小石のような何か。

 暗さではっきりと形は分からなかったが、何かが数メートル先の下草の中に入った。

 半ば反射で銃を向けるが、敵の仕業か木の実でも落ちてきたか――それはすぐに分かった。

 そこを始点に煙が溢れ出しあっという間に誡斗の周りを包み込んだ。


「クソッ! 小手先ばかり上手い野郎だな!」


 一寸先は闇。視界を奪われてしまったが、とにかくこの場から離れなければならない。もし先程までの姿を見られていたら、この気に乗じて飛びかかられるだけでお陀仏だ。

 片腕で口元を覆いむせるのを防ぐが完璧ではない。小さく咳き込みながらも警戒を厳にして方向も分からないまま歩き出す。

 途中で何度も木々にぶつかりながら、ようやく外に出る。

 不純物のない新鮮な空気を肺に取り込んで、煙の中へ得物を向ける。

 襲撃はなかった。

 煙の中でも出てきた瞬間でも隙はあったはずだ。それでも攻撃の気配は一切ない。

 次第に煙は晴れていき、残滓は残ってもある程度先まで見通せるようになる。

 それでもやはり、襲撃はない。

 では何の為の煙幕か。考え、気付く。

 自らの失態に目をかっ開き、慌てて疾走を再開する。

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