第21話 ビジネスよ

「私がどうしてここにいるか……教えなくても分かるんじゃないかしら」


 突如として現れたバージオは、余裕ありげに語りかける。

 バージオがここにいる理由。そんなの思い当たるのは一つしかない。


「テメエ……スペシャルスタッフの仲間だったのか」

「御名答」


 ゆっくりとした動作でサングラスを外す。初対面の時とまったく同じ動きだ。

 髪に負けず劣らずの輝きを持つ黄金の瞳が、見下すように誡斗を視界に入れる。


「あの日、依頼したのはあなたを殺す為。犀の坊やと戦って疲弊したところをカマキリの彼が殺すはずだったのだけど……彼らじゃ役者不足だったわね」

「どういうつもりだ? ……なんて、分かりきったことだったな」


 バージオの美貌に照準を合わせる。


「大方、俺がブチのめしたヤツらの中にテメエらの仲間がいたんだろ。そんで仇討ちたあ随分と御立派じゃねえか」

「少し違うわね」

「何がだ?」

「これは仇討ちとか復讐とか、そんな感情論じゃないの」


 ではなんだというのか。

 無言で問い詰めるとバージオは言う。


「ビジネスよ」

「はあ?」

「あなたももう知ってると思うけど、私達は表だけでなく裏でも派遣をしてるわ。依頼の中身は問わず、口が堅いことと金払いが良いことを条件にね。ねえ、裏の仕事での一番の被害者って誰だと思う?」

「そんなん一般人だろ」

「正確には非ミュータントよ。ミュータントなら自衛が出来るし、やけっぱちになれば素人でも馬鹿には出来ない。けど普通の人間は違うわ。ただされるがままになるだけで、こっちもエサにしやすい。けど、最近になってそんな彼らにも救いの手が現れた」

「……それが異形狩りってわけか」


 警察に助けを求めようにも、玉兎の話を聞く限り既に買収済みなのだろう。

 相談したら即スペシャルスタッフに引き渡されるというわけだ。

 事実、依頼人の中には警察は頼れないという人間は多い。


「あなたが気付いてないだけで私達は何度も仕事を邪魔されてきたわ。困るのよ。おかげで今まで培ってきた信用を失いつつある。信用を失った会社に仕事は来ない。これは大きな損害よ」

「大人しく表の仕事に専念したらどうだ? 俺だって悪さしてないミュータントを相手するほど暇じゃない」

「社長は反対みたいよ? 今までこっちで甘い蜜を吸ってた分、離れられなくなってるみたい」

「そういうヤツには良い薬があるぜ」

「あらそうなの? 参考までに教えてくれないかしら」

「ああ、もちろん」


 撃鉄を起こす。


「こいつだよ」


 バージオはすぐさまサングラスを持った手を前に出す。

 何か能力を発動する気か。それでも遅い。

 指に力を入れる。撃鉄が落ち、反動が腕に伝わる。

 柔肌など簡単に蹂躙する暴力がまず最初にサングラスを砕き、最後に下水道の壁に衝突した。


 ――バージオの身体は、まったくの無傷だった。


 直線を進むはずの弾丸は、何故かバージオの斜め後ろに飛んで行き、目標に当たることなく役目を終えた。

 今もバージオを捉えたままの銃口と、粉砕されたコンクリートの位置が噛み合わない。


「忘れたのかしら。私もミュータントよ」


 そう言って、彼女は半分に欠けたサングラスを投げた。

 トランプを配るような軽い動作。一瞬、空手にする為に捨てただけかと思った。

 サングラスが急激に加速する。

 破損部分を誡斗に向けて、その速度は更に増す。

 もはや銃で撃ち払うことも出来ない距離。反射的に右腕を伸ばす。

 どうにか直前に掴み取ることが出来たサングラスは、それでも何かに押されるように進もうとする。

 とっさに握り潰すと、ようやく息絶えたように動きを止めた。


 しかし生まれた隙を見逃す女ではなかった。

 銃を持った左腕の内側に己の右腕を滑り込ませ、得物を封じる。

 右腕の先にはシャツに穴を開けた犯人。今度の狙いは頸動脈だ。

 両腕は使えない。回避するしかない。

 足の力を抜いて身を引こうとすると


「身体が……⁉」


 勝手に前に進む。

 自分の肉体なのに、意識に反した行動をしてしまうことに戸惑いを感じる。

 それを解消する余裕などない。今まさに首元に死神の鎌が辿り着こうとしているのだ。

 防御も出来ない。回避も取れない。

 ならば、一か八かの方法を試みるしかない。

 動きを止められていた左腕で力任せにバージオの腕を押し付けた。

 バージオと誡斗とでは体格も腕の太さも違う。いくら阻止されようと単純な膂力ではこちらが上回る。

 間に合うか?


 ――間に合わなけりゃ死ぬだけだ。


 強引な斜め下方向へ軌道修正に、刃は薄皮のみを切り裂いて脇へと逸れる。

 好機。バージオは体勢を崩した。

 腕を振り抜けばブルファイトのグリップで強打を与えられる。


 この女は二度誡斗を騙した。

 ミュータントであること。依頼と称して殺そうとしたこと。

 そして今、直接自分の手で殺そうとしにきている。

 今更遠慮は不要だ。敵であれば女だろうと容赦しない。

 居合術が如く、彼女の顔面を狙い打つ。


「っ! またか⁉」


 また身体が勝手に動いた。

 反撃の一撃を放とうと動いた瞬間、腕が命令を聞かず真上へと向かったのだ。

 先程と同じだ。

 筋肉で動かしたというより、風や津波みたいな別の力によって強制的に動かされる感覚。

 間違いない。これがバージオの能力だ。

 力はすぐに消えた。抵抗するものはもうない。だが、生まれた隙も消えることはない。

 バージオは短剣を逆手に持ち直し、脇腹を狙う。

 必殺ではないが、勝利へ導く不可避の一撃だ。

 だが、誡斗の腕とて一つではない。

 右下から迫る刃を、右の掌で握りこむ。

 よもや直接刃を握るとは思っていなかったのだろう。一瞬、動きが止まる。

 そして一瞬あれば反撃も可能。

 能力によって持ち上げられた腕を、今度こそ確かに己の力を込めて振り下ろした。


「!」


 遅れて気付くバージオ。

 能力による抵抗が生まれたが今回は誡斗のほうが速く、グリップは彼女の頭部を強く捉えた。

 鈍い音と手応え。初めて与えたダメージだが、抵抗力は思ったより強く、込められた力の半分も伝わっていないだろう。

 衝撃のまま叩きつけられた彼女は更なる追撃を避ける為か、水中を転がって誡斗から離れた。


「……」


 その無防備な姿に引き金を二度引いた。

 どちらも当たることなく痕跡を穿つだけ。

 もう一発、と思ったところで、バージオは立ち上がり、今度は銃を構えた。誡斗とは違う、正統派のオートマチックだ。

 今まで手にしていた短剣は誡斗が持っている。遥か後方へ投げ捨てた。

さり気なく左右を見渡す。


「レディの顔を殴るなんて、ひどい男ね」

「首にナイフ突き立ててくる女よりマシだ」


 言葉が終わると同時に発砲。そして横に倒れるように飛んだ。

 弾丸は、当然能力によってあらぬ方向に飛んで行った。

 バージオが反撃を繰り出すが、誡斗はバージオや千代と違って弾を防ぐ異能を持っていない。着水時に傍にあった死体を盾に弾丸を防ぐ。

 幸いにも盾にした死体は変異型のミュータントで、弾が貫通することはなかった。

 死体の首根っこを掴み、立ち上がる最中でも射撃の雨は続く。

 終わったのは、弾切れによってスライドが下がったままになってようやく。

 マガジンを入れ替える間は無防備だ。とはいえ能力が切れるわけもなく、最後の一発すらも彼方へと去っていく。

 これで誡斗の銃も弾切れだ。

 スピードローダーがあるとはいえ、リボルバーのリロードはオートマチックよりも時間が掛かる。加えて片腕で肉盾を支えているとなれば容易いことではない。


「そんな時代錯誤なもの使ってるからそうなるのよ」


 皮肉るかのように素早く再装填した銃を向けながらバージオは駆け出した。

 肉盾を避けて狙う気だ。

 短剣と違って弾数制限はあるが、腕の動きを止めたところで射撃まで止めることは出来ない。

 接近戦を許せばさっきよりも苦戦することは間違いない。


 だから接近を促したのだ。


 もはや盾は必要ない。バージオの進行方向に向けて蹴り飛ばす。

 銃弾よりもずっと遅い肉盾は一瞬視界を覆うも、能力で勝手に道を開けていた。

 しかし、再び誡斗をその視界に入れることは能わない。


「なっ……⁉」


 突如として吹き出した煙が誡斗の姿を隠していた。

 バージオも、やがて同じく飲み込まれる。

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