第30話 初めて理解した

 ……なんだ?


 会話の間に立ち上がった誡斗の様子がおかしい。

 依然として力なく、何故死んでいないのか分からない有様だ。

 そういった意味では確かにおかしい。だがそこじゃない。


 なんというか、自然体なのだ。


 ただ立っているだけ。

 さっきまでは死に物狂いで立っているという様子だった。

 今は違う。息は荒いが崩れ落ちそうな危うさはない。むしろ幽霊のように重さすら感じ取れない。

 人混みの中にいれば見逃してしまいそうな、そんな感覚。


 ――コイツはヤバイ。


 戦士としての直感が告げる。

 剛己は動き出した。

 何をしでかすか知らないが、状況は変わらず剛己が有利。

 体格も、怪我も、人質だっている。

 加えて誡斗の後ろには割れた防弾ガラス。いくらこれまで耐えられても、高所から落ちればひとたまりもあるまい。

 一瞬で互いの距離をゼロにする。

 殺す一撃ではなく、投げるような一撃。

 しかし速度と殺意は変わらぬ一撃を、


「――――‼」


 ――見舞う前に、己が吹き飛んだ。


 景色が前方に流れていき、次の瞬間には背中から壁に激突していた。

 理解したのは腹部に衝撃を受けたこと。

 その衝撃はマグナム弾を軽く凌駕し、分厚い筋肉で守られた内臓すらダメージを与えた。


 ……いったい何が起きやがった⁉

「ごっふ……やるじゃねえか、おい」


 吐血なんて何十年ぶりだ。少なくとも薬を投与して以降は記憶にない。

 防弾ガラスを割ったあの銃弾だろうか?

 いいや、違う。受けた衝撃は銃撃ではなく打撃だった。音もしていない。そもそも誡斗の手元に銃はない。

 もしかすると、黒川誡斗という男は――


『黒川誡斗! こっちには人質がいるのを忘れたか⁉』


 荒ぶ兄の言葉にも、誡斗は亡霊が如く立ち尽くしている。

 一瞬、あのカウンターは誡斗のものではないと思ったが、それは違った。

 誰かが妨害したならこの場にいないはずはなく、あのタイミングで腹部に攻撃出来たのは誡斗だけだ。

 それになにより、紅い右眼・・・・が剛己を獲物と見据えている。


「……こりゃアニキの言葉は聞こえてねッ――」


 気付けば数メートル先にいたはずの誡斗は目前まで迫っていた。

 瞬き一つしていないにもかかわらず見逃した。その事実に久方振りに恐怖を覚える。

 同時に口を塞がれた。隠されていた右腕に。異形の腕・・・・に。

 人間とは違う筋肉の付き方をした蒼くて暗い、藍色の腕。細さは逆の腕と変わらないくせに、両手を使っても解くことが出来ない。

 銃をメインで戦っていた時の器用さと俊敏さを持ち味とした戦い方とは打って変わり、異形の腕は力任せに剛己を床に叩きつけた。

 それだけに止まらず、右足で踏みつける。威力は腕と同じく跳ね上がり、胸骨だか肋骨だかが折れる音が響く。当然の如く、右足も異形のモノだった。


 ――抵抗すら出来なかった。


 スピードもそうだが、パワーが桁違いだ。まるで大人と子供だ。

 いつの間にか立場が逆転していたことに気付く。

 地に伏す剛己と見下す誡斗。

 今や弱者は剛己の方だ。


「ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァ‼」


 耳を劈く獣のような雄叫び。とても目の前の人間から出ているとは思えない。


「どおりで妙にタフなわけだ……お前、ミュータントじゃねえか!」


 異形狩りの正体は同じく異形って、そりゃ納得だ。

 数々のミュータントを葬ってきたのも、結局同じミュータントだった。別に不思議でもなんでもない。剛己もそうだ。よくあることだ。

 ただ普通の人間だと偽っていたから無駄に知名度が広がっただけ。

 数々の刺客もミュータント相手と分かっていたら下手はこかなかっただろう。兄も相応の手を打っていたはずだ。


 ……まあ、だとしても難しいだろうけどな。


 足が振り上がった瞬間に転がって離脱する。

 即座に体勢を整えると、既に敵の拳が迫っていた。

 今度は辛うじて間に合った。腕を交差し防御態勢を取る。

 が、来るはずのインパクトが来ない。

 代わりに片腕が掴まれた感触があった。

 なんだ、と疑問が浮かんだ時にはもう遅い。

 まるで柔道の背負い投げ。たった腕一本で行った投げにより、剛己は無様にも再び地に伏した。


「グフッ……!」


 床に無数のヒビが入る。兄が拘った建物だ。きっと床だけでも想像が出来ない金額だ。

 もったいない、と常時なら考えていた。今はそんな余裕はない。

 叩きつけられても誡斗の手は離れなかった。

 持ち上げられた腕は倒れた剛己から真っすぐに伸びている。


 ――容赦のない蹴りが入った。


「――――ッッッ!」


 一瞬遅れて喉から悲鳴が出る。

 折れた。間違いなく腕の骨が折れた。

 自分の腕より二回りも三回りも細い足での蹴りに、枯れ枝の如く折られた。

 痛みで全身から冷や汗が流れ出る。


 強い。強すぎる。


 化物と散々罵られたが、お前の方がよほど化物じゃないか。

 会社のミュータント何人呼ぼうと勝てる気がしない。

 裏社会には手を出してはいけない相手が存在する。

 黒川誡斗もまたその一人なのだと、今ここで初めて理解した。

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