第29話 悪魔の力
時は少し遡る。
全身が酷い痛みに支配される。
呼吸の度に肺が破裂しそうで、瞬きすればまぶたに重石が乗っているかのようで開けるのが辛い。指先ひとつ動かしただけで腕全体の神経が痛みを通達する。足なんて生まれたての子鹿の方がまだマシだ。心臓の鼓動だけでもう気絶してしまいそうになる。
――それでも誡斗は立ち上がる。
振りかざされる暴力に、無理矢理腕を盾にして、焼け石に水みたいな受け身を取る。
体内から何かが折れる音がした。
もはや傷を負ってない場所はなく、どこの骨が折れたのか分からない。
どこを切り取っても致命傷。自分でもまだ生きているのが不思議なくらいだ。
でもまだ生きている。生きている限り、立ち上がるのは止めない。
誡斗が死ねば、花莉奈も用済みになる。
殺されるか、泡風呂に沈められるか。どっちも認めるわけにはいかない。
死ねない。花莉奈を助けなければ。仇なんて二の次だ。
もう、何も失いたくない……!
「……ったく、しぶとい野郎だな」
ぼんやりと男の声が聞こえる。
とっくに破れていたと思っていた鼓膜はまだ無事のようだ。
ただ、これまでのダメージのせいで聞き取りづらい。
「これ以上抵抗しても苦しいだけだぞ」
うるせえ。
この言葉は音に出ていただろうか。
「安々と自分の女攫われてる時点で詰んでんだよ。いい加減諦めろや」
諦めるものか。
失うのはもう懲り懲りだ。
「アニキのことだ。今頃あの嬢ちゃん、
……なん、だと……?
「元々お前を始末したら嬢ちゃんに尻拭いさせようって話でな。泡風呂に落とす前に味見させてんじゃねえか? アニキは悪趣味っつたろ。その内、そこのモニターに映すと思うぜ」
ふざけるな。
どうしてこいつらは人の痛みが分からない。なぜ人の苦しみを金に換える。なんで独裁者気取りの悪党がのさばり続けている。
――また失うのか? 孤児院と同じように?
手を繋いだ兄弟も、抱きしめてくれた先生も、共に遊んだ遊具も――みんな消し炭になった。
そして今度は、花莉奈の番。
いやだ。だめだ。そんなこと許されない。
失わない為に、過去のケジメをつける為に、力をつけたのに。これでは意味がない。
だったら――悪魔に魂を売るしかない。
己が半身に宿る、悪魔の力に。
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