第32話 もう迷わない
引いた引き金は戻ることはない。
ほんの僅かな距離から放たれた贖罪は、見事に原因を撃ち抜いた。
乾いた音から遅れ、晶の身体が力なく倒れる。
「バ、バージオてめえ何してやがる!」
「正気っすか? 確かに気に食わないトコもあったっすけど、コイツが死ねば俺らただのアウトローっすよ」
「ならどうするの? 似合わない仇討ちでもする?」
騒ぎ立てる男達も、その言葉には徐々に黙った。
「№1は異形狩りの相手で忙しい。№2は仕事で東京にいない。№3はいつものサボり。ねえ、会社を裏切った№4の相手は誰がするの?」
スペシャルスタッフの裏部門では実力、即ち戦闘力が階級に影響する。
バージオは№4――文字通り上から四番目の実力者だ。
この場にいるのは誰も優れたミュータントではあるが、剛己やバージオに並ぶ実力者かと言えば、答えはノーだ。
バージオの階級は能力頼りの部分が大きいが、逆に言えば能力を突破出来ない限り男達の勝機は薄い。
多数をもってしても実力の差は歴然だということを、彼らは理解している。
同時に、ただで帰る気もないのをバージオも理解していた。
お楽しみを邪魔された挙句、
それにバージオには
故に余裕を見せても油断はしない。
「――ま、殺しちまったもんはしゃーねっすわ」
少年――と言っても見た目だけだが――が真っ先に警戒を解いた。
「社長、金払いはいいけどミュータント使い荒かったっすからね。いつか内部分裂するんじゃないかとは思ってたんすよ。ただでさえ兄弟仲悪いし」
「裏切り者を見逃す気か?」
「俺の裏切り者じゃないっすから。別にバージオさんも逃げる俺らまで追っかけようってつもりじゃないっすよね?」
「そうね。そんな暇はなさそう」
モニターの中では相変わらず誡斗が猛威を振るっていた。
明らかに様子がおかしい。どう見ても冷静さを失っている。
付き合いは短いが、彼が人質を取られてこんな行動をするとは思えない。
誡斗はミュータントを嫌っていながら自分自身がミュータントだ。そこに何かが隠されているのかもしれない。
「なら自分は一足先に失礼するっす」
「おい待て!」
「バージオさん殺すならこっちも何人か死ぬっすよ。自分、その一人になりたくないんで。あ、これ貰ってこう。どーせ退職金出ないし」
言うや否や少年は背を向け、未開封のワインボトルを盗んで出て行った。
男達の間に困惑の空気が流れたが、その内に一人、また一人と離脱者が増えていく。
「お前ら逃げるのか⁉」
「そーだよ。社長は死んだしボスもあのザマだ。どの道この会社はもう終わりだ。サツの世話にはなりたくもねえ」
何人かは忌々しい視線を送りながらも、順調に数は減っていった。
残った人数は元の半分にも満たない。威勢は完全に削がれていた。
「ど、どうする……?」
「っ……クソ!」
先程から怒号を飛ばしている男は苛立ちのまま傍にあったソファを蹴り飛ばす。
一人用とはいえ、そこそこ大きなソファは小石のように簡単に部屋の隅まで届いて破損した。
「覚えとけ。裏切り者がのうのうと生きられるほど、この世界は甘くねえぞ」
「ご忠告どうも。あなたも気を付けてね。負け犬に優しい世界でもないから」
最後に特大の舌打ちを残し男が出ていくと、彼の一派であろう仲間達も続く。
少年が内部分裂と言っていたが、実際にそうなっていたら彼は晶に従うだろう。数少ない直接晶に拾われたミュータントだ。忠誠心は高くなくとも恩義は感じている。
そういう意味では今後も禍根が残るかもしれない。
だが、その時はその時だ。
今は、今すべきことをする。
「さて」
男達がいなくなって、女二人きりになった部屋の中。
振り返りながらソファの肘掛けに腰を下ろし、足を組む。
すると花莉奈の前にはテレビだけが残り、誡斗の暴走をありありと映す。
彼女は緊張感のある瞳で映像を見つつも、バージオも視界に入れた。
「……どうして助けてくれたんですか?」
「そうね……」
理由はいくつかあるが、口にしやすいのはこの辺りか。
「うちの会社が紳士的とは程遠くて、仕事にも飽きちゃったからかしら」
「はあ……?」
「それに、ちょっと彼に借りがあったから」
見逃してもらえた礼には十分なったはずだ。
「あなたはどうするの?」
「誡斗を助けに行きます」
即答だった。表情に緊張はあっても迷いはない。
「助ける必要、あると思う?」
むしろ助けを必要としているのは剛己だ。
徐々に動きに対応しつつあるが、まだまだ誡斗のワンサイドゲームは続いている。
一度回避しても二度目はなく、立ち上がっても叩き潰され、反撃もままならない。
このまま見ていれば誡斗の勝利は揺るがない。
「逃げるならエスコートするわよ。きっと彼もそう望んでいるわ」
「それでも行きます」
花莉奈は立ち上がる。
破れた服と男物の上着で肌を隠して。
「彼、ずっと前に変身して、暴走しちゃったんです。それから能力を使うのを嫌がって……きっと正気に戻ったらひどく後悔します」
「だから行くの?」
「はい」
……眩しい目。
子供のように眩くて、大人のように硬い決意をしている。
危険な目にあっても彼を重んじる、揺るぎない心。
素敵な女性だ。きっと過去に憧れたのはこんな大人だったに違いない。
「なんだか羨ましいわ」
「え?」
立ち上がる。
自分も、もう迷わない。
「急ぎましょう。どうせだから最後まで付き合わせてちょうだい」
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