第35話 ようこそ揉め事処理屋へ

「仇じゃない⁉」


 事件から数日後。

 喫茶ファミリアに来たバージオが告げたのは衝撃の事実だった。


「どういうことだ⁉ 説明しろ!」

「するから落ち着きなさいな」


 向かい側に座って、お冷を持ってきた花莉奈にコーヒーを頼む。

 そうしてからゆっくりと語り出した。


「まず確認なのだけど、能力を発動した姿と空十字を見て剛己が十年前の犯人だと判断したのね?」

「ああ、そうだ」


 事が終わった後、バージオと花莉奈にも事情を話した。

 派遣会社スペシャルスタッフに仇がいるかもしれないこと。そしてその犯人が剛己だったこと。

 先手を打ったのは向こう側だが、結果として花莉奈まで危険が及んだのは誡斗の落ち度だ。素直に謝罪し、当然恩人であるバージオにも頭を下げさせた。

 それはもうカンカンに怒られた。ただしその理由は誡斗自身が危険なことに首を突っ込んだから。自分のことは二の次だ。おかげで余計に胸が苦しくなる。

 ただ、叱った後に怪訝な顔をしていた。やはり謝ったところで納得していないのだろう。

 対して誡斗の話を聞いたバージオは思うところがあるらしく、調べ物をするといって別れた。

 それから数日経った現在、とても受け入れがたい真実を告げられる。


「まず剛己のあの姿のことだけど、彼がああなったのは三年前よ」

「なんだと?」

「ただの人間をミュータントにする、ミュータントを更に強力にする薬があるって聞いたことある?」

「あんなもん都市伝説とか根も葉もない噂話だろ?」

「少なくとも後者の方は本当らしいわよ。それまでは筋肉の膨張程度だったのが、薬を投与してからより強くなって色も変わった。あなただって地下で見たでしょう?」


 ――特別な薬さ。あの剛己も使ったことがある代物だ。


 カマキリ男が投与した薬。確かに同じような現象がヤツにも起きた。

 薬の副作用か理性を失いかけていたが、頭部を失っても活動可能な生命力を得ていた。もし正気であれば、負けずとも剛己との戦いに大きな影響を与えていたはずだ。


「それと空十字」


 バージオは空洞の十字架を机に置いた。

 恐らく自分で持っていた物だ。


「これはスペシャルスタッフが裏家業を始める時に作ったものよ。言わば名刺や社員証の代わりね」

「……これを持ってるからって証拠にはならないってか?」

「ええ。久米晶が起業したのは十年前。そして裏の仕事を始めたのが七年前。よしんば企業直後にあなた達の孤児院を襲っていたとしても、肌の色も空十字も剛己は持っていなかったわ」

「なんだよそりゃ……」


 手で顔を覆ってうなだれる。

 十年探してやっと見つけた仇が人違い? そもそも仲間ですらなかった?


「納得出来るかよ……」

「ついでに言うなら、孤児院を襲うなんて依頼もなかったわ」

「……補足どーも」


 ――派遣会社スペシャルスタッフは倒産した。

 後から駆けつけてきた警察の調査で裏の仕事が発覚し、片棒を担いでいた副社長ほか役員数名が逮捕。社長の晶と裏を仕切っていた剛己が死亡したこともあり、強烈なバッシングに会社を支えきれず倒産。

 現在警察は両名の殺害犯と裏の社員を探している。

 てっきり隠蔽に必死になるかと思いきや、あっさりと情報を公開するとは、さんざん甘い蜜を吸わせて貰っておいて見事な手のひら返しだ。

 あれだけ暴れたのだ。誡斗の姿も監視カメラに映っているはず。いずれ捜査の手が伸びるだろうと待ち構えていたが――そんなことにはならなかった。

 玉兎が指名手配を止める際にちょっとした“相談”を持ちかけたらしい。

 大方ハッキングした時に警察との繋がりを入手したのだろう。何時の間にか犯人は裏の競争相手である犯罪組織にすり替わっていた。

 本人に問い合わせると


『ぜんぜん気にすんなって! これもアフターサービスってやつよ。これからもご贔屓に、ってな!』


 とまあ心強い情報屋と繋がれたものだ。

 花莉奈が注文の品を持ってやってきた。


「お待たせしました」


 コーヒーが目の前に置かれる。

 誡斗とバージオの両方に。

 備え付けの角砂糖を一つ、二つ、そして三つ目を……入れようとして花莉奈と目が合う。


「…………」


トングから手を離した。

スプーンでかき混ぜるとみるみるうちに砂糖は溶けて手応えを失っていく。


「……え? あなたコーヒー飲めるの?」

「当たり前だ。ガキ扱いしてんじゃねえ」

「ごめんなさい。てっきり甘くないと口に入れられない人だと思って」


 甘党の自覚はあるがそこまで極端ではない。

 辛いものだって好きだし、ブラックだって好まないだけで普通に飲める。

 とはいえやはり甘味を優先したいのは変わらない。本当はコーヒーではなくせめてモカを頼みたい。

 だが誡斗の意志とは関係なく、花莉奈が許してくれないのだ。


「…………糖尿病」

「はい?」

「……勝ったとはいえ、俺も重症だっただろ」


 能力によって普段の身体能力や耐久力が上がっていた為に致命傷には至らなかったが、それでもあの巨漢に殴られ続けて無事でいるほど丈夫ではない。

 しばらくは身を隠す為に市販の医療品で誤魔化していたが、玉兎の尽力によってようやくまともに病院に行けたのが先日だ。

 いくつかの骨にヒビが入っていたものの、安静にしていれば入院の必要はないと、処方箋を受け取った。能力の副産物は自己治癒能力にも影響を及ぼし、今ではほぼ完治したと言っていい。

 が、医師に告げられたのは怪我のことだけではなかった。


「血糖値が高くて糖尿病の初期症状が出てるとよ。花莉奈も同席してたもんだから無駄に気合入っちまって……」

「……っぷ、はははは!」

「笑ってんじゃねえよ」


 おかげでスペシャルサンデーは月一に強制変更。仕事終わりに頼めるのはカスタマイズしたモカだけで、普段はコーヒーか紅茶に限られるときたものだ。

 おまけに仇討ちは失敗。やる気の喪失もいいところだ。


「ごめんなさい。いや、でも……ふふ、まるで保護者ね」

「うるせえ」


 コーヒーに口を付ける。香りと甘味で包まれた苦みが口いっぱいに広がる。

 そういえば、コーヒーを飲んだのは居候を始めた頃に試飲として飲まされて以来だ。

 あの頃から誡斗は甘党で、試飲はあまり気が乗らなかったが、考えようによっては二人で作ったコーヒーなんだな、となんだか懐かしく感じる。

 横目で花莉奈を見やると、別の客の注文を手際よく処理していた。

 顔を上げた彼女と目が合った。首を傾げて笑う。


 ……今度はブラックのまま飲むか。


 目を合わせ続けるのもどうかと思い、コーヒーに集中する。

 目の前からまた笑い声が聞こえてきたが無視だ。


「そうそう。ついでにちょっとお願いがあるのだけど」

「しばらく休業だ」

「仕事の話じゃないわ。でも、ある意味関係するかも」


 妙な言い回しだ。

 ともあれ今回もこっちの話を聞く気はないらしい。


「――私も入れてくれないかしら、揉め事処理屋っていうのに」

「はあ?」

「どこかの誰かさんが向いてないって言うから辞めちゃって仕事ないのよね。孤児院に仕送りもしなきゃいけないし」


 辞めたも何も潰した片棒を担いでいるだろ。


「あ、それいいかも!」

「花莉奈⁉」


 思わぬ方向から援護射撃が入る。


「ずっと一人で心配だったし、今回だって大怪我したでしょ? バージオさんは私を助けてくれたし、きっと誡斗の助けにもなると思う」

「いやいや待てって! こいつミュータントだぞ?」

「ミュータントだからって悪党とは限らないんでしょう?」

「連中の一味だったクセによく言うぜ」

「一味“だった”からね」


 今は違うと強調する。

 鼻で笑って返してやった。


「……危ない仕事っていうのは、分かってたつもりなの。でも、今回の件で本当につもりだったってことに気付いた」

「…………」

「あんな……あんな危険なことをこれからも続けるつもりなの? 本当の仇を見つけるまで?」

「それは……」

「無茶しないで、って言っても誡斗は私の見てないところで無茶してる……知ったからにはもう無視出来ないよ」


何も言い返せない。

というよりも、こうなることが分かっていたから今まで詳しいことは話さなかった。


「だからバージオさん」


 わざわざこっちまで来てバージオの手を握る。


「誡斗のこと、よろしくお願いします」

「任せて。お給金分ぐらいはちゃんと働くわ」


 誡斗の意志を無視して勝手に話が進んでいく。

 女三人寄れば姦しい、と言うが、二人だけでも十分に手に負えない。

 もう何も言っても無駄みたいなのでコーヒーを飲んで誤魔化す。


「と、いうわけでよろしくね。社長って呼んだほうがいいかしら」

「やめろ」


 ちりんちりん、と鈴の音が来客を告げた。


「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」


 接客モードに戻った花莉奈が席を離れる。

 足音が近づき、近くで止まった。

 花莉奈が、あ、と漏らす。

 来客は席に座らず、緊張した面持ちで誡斗達の席の前に立った。


「あの、揉め事処理屋っていうのはあなた達ですか?」


 客は客でも、こっちの客だ。


「ほら、仕事だぞ」

「あら、休業中じゃなかったのかしら」

「入社試験ってやつだよ。コネが通ると思うな」


 戦闘力に関しては申し分ない。しかし揉め事処理屋は戦闘だけの仕事じゃない。

 交渉、捜索、状況判断。求められる対応は多岐に渡り、程度の差こそあれど傭兵や何でも屋と変わりない。

 バージオはいくらかマシとはいえミュータントだ。花莉奈の願いでなければ仕事仲間なんて御免被る。

 不備があればそれを理由に叩き出してやるつもりだ。

 それが分かっているかのように、彼女は不敵に笑った。


「ようこそ揉め事処理屋へ。ご依頼は?」

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揉め事処理屋 黒川誡斗の復讐 千束 @senzoku

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