第25話 たぁんと味わいやがれ
槍のように突き出した拳を横に避け、根本に向けて発砲する。
五十口径のマグナム弾が白い肉体に着弾するが、
「い……ってぇじゃねえかよオイ!」
「だったら大人しくくたばっとけ!」
弾頭が潰れて平たくなっても、身体には傷一つ付きやしない。
変色した身体は鋼よりも固く、衝撃によるダメージは与えられても致命傷には程遠い。
硬化というシンプルな能力。しかしその頂点に座するかのように堅牢だ。
拳銃最大級の銃弾でこの程度なら、ヤツを傷付けるにはロケットでも使わないと不可能かもしれない。トムボーイは残念ながらあの一つだけで品切れだ。
超高硬度の肉体というだけでも厄介なのに、剛己の武器はそれだけに止まらない。
腕の薙ぎ払いをしゃがんで回避すると、既に次の攻撃が繰り出される。
辛うじて右腕を盾にしたが、大男の突き蹴りは誡斗を簡単に吹き飛ばす。
後ろへ飛んで直接のダメージは抑えたにもかかわらず、叩きつけられた防弾ガラスには亀裂が入り、相応の衝撃が返ってくる。
特に肺と背骨が強烈だ。
「カッ――、ク……ッソが!」
だからといって痛みに悶える暇は与えられない。
鞭を打ってこの場から飛び退く。
次の瞬間には誡斗がいた床は悲鳴を上げて剛己の足を埋めていた。
並外れたパワーとスピード。簡単には攻撃どころか反撃も許してくれない。
肉体強化系のミュータントは副産物として他の能力も常人より優れている場合が多い。
脚力に優れたなら反応する為に動体視力が、腕力に優れたなら土台となる下半身が、硬化能力なら全身を支える筋肉が、といった具合に。
剛己もそれに準じているのだろうが、それにしたって強力過ぎる。
――特別な薬さ。あの剛己も使ったことがある代物だ。
恐らくドーピング。カマキリ男が異形の姿と異常な生命力を得たのと同じ薬だろう。
カマキリ男は正気を失っていたが、剛己は順応している。
ドラッグで痛覚がなくなったジャンキーと戦ったことがあるが、あれより厄介なのは間違いない。
立ち上がった隙すらも見逃さないのだ。
「そら、気合入れろよ!」
埋まった足を力任せに、だが指向を持たせて引き抜くと、無数の破片が誡斗へ襲いかかる。
手榴弾よりは大人しい。しかし超人的な力で飛ばされた破片は皮膚程度、簡単に裂く。
急所に当たったところで致命傷までいかないが、顔に当たれば失明の可能性はある。一時的なものでもこの場では致命傷と変わりない。
とっさに腕で顔を守った。
視界を一時的とはいえ失う。その隙を見逃す剛己ではない。
――それを理解していない誡斗でもない。
相手が動いたと確信する前に撃つ。
「――っつぅ、良く当てたな!」
あれだけの巨体だ。狙わずとも当たる。
そして怯ませる程度は出来るのは確認済みだ。
続けて撃ち、少しでも近づく。
掴もうと伸ばす手の平に一発。弾いたその隙に懐からある物を頭上高く放り投げた。
「?」
一瞬、視線を向ける剛己だがいつまでも気を取られていない。
妨害するものではないと分かると、弾かれたのと逆の腕で横殴り。
咄嗟に身を下げてスライディングするように避けた。
そしてそのまま股下を潜り相手の背後を取る。
が、残念ながらシリンダーの中身は空薬莢だけ。
銃を回転しながら排莢する誡斗に、弾数を数えていただろう剛己は余裕綽々に振り返る。
「残念だったな。せっかくのチャンスだったのによ」
――と、思うだろ?
銃の回転が下向きになった直後、空いたシリンダーの中に
「ほぉ――」
先程投げたのは薬莢をセットしたスピードローダーだ。
一瞬の隙を作りつつリロードを兼ねた動きは、流石の剛己も予測は出来まい。
しかもこれはただのマグナム弾ではない。
……ここで、復讐を終わらせる。
この日をどれだけ待ちわびたことか。
孤児院がヤツの手で壊されて早十年。
花莉奈をはじめ、生き残った家族は既にそれぞれの道を歩んでいる。
忘れたわけではないはずだ。けど、縛られているのは誡斗だけ。
唯一仇を目撃したからかもしれない。生きる理由が他に見つからなかったからかもしれない。
それでも、家族を殺したヤツがのうのうと生きているのは許せない。
ミュータント共と戦えるよう鍛え抜き、確実に殺せる武器を選び、ひたすらに訓練を積む。
一日たりとも欠かした日はない。
その成果を、今、ここで証明する――!
「特別製だ。たぁんと味わいやがれ」
両手でしっかりとブルファイトを握り、姿勢を整える。引き金に添える指は右の人差し指。
今までの片手撃ちとは違う、基本に則したフォーム。
撃鉄を起こす。
引き金を引いた。
瞬間、爆音と衝撃。
マルズフラッシュは銃身が火に包まれたように激しく、それこそ手元でC4爆弾が爆発したのではないかという衝撃と音が腕から全身に伝わる。
五十口径とは比にならない。しっかり構えていたはずの両腕が上に浮き上がった。
それだけに、弾速は並の速度を優に上回る。
数メートルにも満たない距離などあってないもの。
回避は不可能。
鮮血が宙に舞う。
「……今のは、危なかったな」
――にもかかわらず、剛己の命はまだ地上にあった。
まるで瞬間移動でもしたかのように、剛己は誡斗の左側でまだ生きている。
それは、見覚えのある動きだった。
武術における、抜き。
脱力による重心移動。通常よりも速く、そして起こりを見せない動き。
攻防全ての動きに利用出来る技術で、誡斗も揉め事処理を営む前に弟子入りした道場で教え込まれた。
特別製の弾丸は剛己の左腕を掠めて抉った。この戦闘中一番のダメージだ。
だがしかし致命傷でも決定打でもない。
ターゲットを殺しきれなかった弾丸は、代わりに防弾ガラスを激しく砕く。
「クソッタレが!」
腕の痺れなど気にしている場合ではない。今にも振り上げられた拳が振ってきそうだ。
とにかく反撃と右腕だけを無理矢理動かして再度剛己を狙う。
弾の威力を考えれば片手撃ちなど論外だが迷っている暇はない。
引き金に力を入れ
『楽しんでいるところ失礼するよ』
何者かの妨害が入った。
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