第13話 何の為に銃を

 衝撃で車体が数度揺れ、収まる頃には血の池がそこに出来ていた。

 いかに銃弾を防ごうと、千キロを超える質量は防ぎようがない。

 勝利を確信し――ついに限界が来た。

 足から力が抜け、尻から崩れ落ちる。

 それでも倒れるまではしなかったのは、動けなくなる自信があったからだ。


「ヤロウ……置き土産残しやがって……」


 腹に触れると、右の手の平が赤黒く染まった。


 蹴り飛ばした時だ。

 あの時、千代の右手が腹に触れた。

 鉄でさえ両断する切れ味にとって人の肉など触れるだけで刃が沈む。加えて蹴り飛ばしたことで刃が動き、誡斗の腹には浅くはない傷が残った。

 同じ刺客でもカマキリ男とは比べ物にならない強敵だった。もしここが何もない広場だったら、勝敗の行方はどうなっていたことか。

 過ぎたことにふけていても仕方がない。まずは治療だ。手遅れになればあの二人と同じ末路を辿ることになる。

 幸いここは渋谷の近くだ。街の方まで行けば薬局なり病院なりあるだろう。


 傷口を押さえてなんとか立ち上がろうとすると、邪魔をするかのようにシャッターが揺らいだ。

 風ではない。見れば、千代が開けた穴を人の指が埋めていた。

 二度三度と、まるでシャッターを持ち上げる動作を繰り返す。

 まるで、ではない。事実そうだった。

 四度目で鍵が破壊され、五度目で完全に持ち上がった。


「お? なんだ、死んでねえじゃねえか」


 光と共に、二メートルはあろう白髪の巨躯が工場に入り込んだ。

 男はコウと千代の成り果てた姿を見つけると、深くため息を吐いた。


「あーあ。こいつらでもダメだったか。こいつら家族いねえし、こういう場合って退職金ってどうすりゃいいんだ? アニキに相談するのも面倒だしなあ」


 どうやら千代達の関係者……つまり誡斗の命を狙う一人らしい。しかも言葉から察するに上司といったところか。

 死んだヤツにも金が出るのは裏社会にしては珍しい、なんて感想を抱きつつ観察する。

 本当ならとっ捕まえて色々吐かせたいところだが、満身創痍な上に弾倉の中身は空。十中八九ミュータントだろう。真正面からの殴り合いでも勝てそうにない。

 だが出口は事務所側とシャッターの二つ。どちらも見つからずに逃げるのは不可能だ。

 やるしかない。

 負け戦だろうとただでやられる気は毛頭ない。

 まずは立ち上がらなければ。両足を踏ん張るが


「ま、せめて仇でも討ってやるかね」


 動いた、と思ったら蹴り飛ばされていた。


「――かっ!」


 男の太い足のつま先が腹にめり込み、傷を広げて吹き飛ばす。

 硬い壁に叩きつけられ、受け身も取れずに地に落ちる。

 先程千代にしたことをやり返されて、同じようにむせ返った。

 男の場合、車で押し潰すのではなく、倒れた誡斗の胸倉を掴んで浮き上がらせたが、そんなことは些細なことだ。

 楽に死ぬか、いたぶられて殺されるか。その程度の違いでしかない。


「別にお前のことは怨んじゃいねえし、殺された奴らも結局裏で生き抜けなかっただけの話だ。けどアニキがな、お前がいると商売にならねえっつうんだからこうして働いてやってんだ、よ」


 巨腕が軽々しくピッチャーが如く投げた。

 キャッチャーミットは、直前に二人を飲み込んだ赤い車。

 助手席のドアが歪み、相応の痛みが誡斗にも伝わる。

 激痛なんてものじゃない。前に後ろに絶え間ない攻撃に骨も内蔵も悲鳴を上げる。

 肉の叩きなんて料理があるが、あれを生きている間に実体験しているみたいだ。

 呼吸どころか意識さえ薄くなっていく。

 動けなくなったところで、男の靴底が誡斗の頭を捉えた。


「まあそれに? 千代も鋼も割と気に入ってたしな。だからこうして近くで待ってたわけだ。だったらせめて仇は討ってやらねえと。そういう意味では怨みはあるわな」

「……それは……こっちの台詞だ……!」

「あ?」


 男の足を掴む。

 常人よりも優れた右腕の膂力で、必死に足を退かす。

 が、体勢と傷で満足に力が入らない腕では微塵も動きはしなかった。

 それでも窮地を脱すべく、誡斗は全力を尽くす。


「テメェらみてえなクソミュータントは生かしちゃおかねえ……! あいつらの仇を討つまで……死んでたまるかよ!」

「なるほどねえ」


 男の足が浮いて


「お前早死にするタイプだな」


 即座に落とされた。

 コンパクトでありながらインパクトのある一発。

 頭の内側から軋む音が聞こえ、外の音が聞こえづらくなった。視界もぼやける。


「別に復讐や仇討ちを否定してるわけじゃねえぜ? けどそればっかりだとよお、口では死ぬわけにはいかないって言ってても、どう考えても死にたがりみてえな行動ばっかするわけよ」


 何だ? 何を言っている?

 頭の中で痛みがガンガンと響く。男の言葉より血の流れる音のほうが鮮明だ。


「ほら、心当たりがあるだろ? ミュータント退治の専門家なんて寿命縮めるだけだ。異形ミュータント狩り《ハンター》つっても所詮狩人ハンター兵士ソルジャーでもなけりゃ戦士ファイターでもねえ。狩られる側になった時点でお前の負けなんだよ」

「……るせえ……なに言ってるか……聞こえねえ、んだよ……」


 足を掴む。掴もうとする。掴めない。


「……今楽にしてやるって言ったんだよ」


 掴もうとした足がどこかへ消えた。解放されたのだろうか?

 両の手の平を地面に着けて、四肢に力を入れても頭が地面から離れない。


 立つんだ。立たなくちゃ。俺がやらなきゃ、誰がみんなの仇を取るんだ。ここで死んだら意味がない。花莉奈の涙なんてもう二度と見たくない。何の為に俺は銃を――……


 濁った聴覚でも聞こえる甲高い音を最後に、誡斗は意識を手放した。

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