第12話 俺の右は結構効くぞ
打開策には到底ならないが、抵抗の手段として目に入ったものを片っ端から投げつける。
工具箱、半分程中身が入ったペール缶、車のスペアパーツ、コウに投げたタイヤ。
その尽くが裂かれ両断し、僅かたりとも役に立たない。
ただ、最後に投げたものを除いて。
「あ?」
自らの違和に追撃を止め、腕を眺める千代。
遍く破壊してきたその腕が、何かのギャグみたいにタイヤに埋まっていた。
――誡斗も千代も、恐らく工場の主すら知らなかっただろう。
タイヤの補強材に使われるアラミド繊維が、警察が使用する防刃ベストにも使われていることを。
尋常ではない切れ味を持つ千代の刃でさえ切り裂くことが出来なかったその強度。
その強度こそが、絶体絶命の幾においてチャンスを生んだ。
未だ直接攻撃は危険と判断し、近くにあったバールを手に取る。
下段から脇腹に向かって救い上げるような一撃。
僅かに尖った釘抜きの先端が肉の中に入る感覚が伝わってきた。
「て、めえ……!?」
しかし浅く、顔を真っ赤にして反撃が繰り出される。
すぐにバールから手を放し距離を取る。
今度は追いかけることはなく、千代は己の身体からバールを抜き取った。
ごぽり、と血が溢れ出るが、見た目の割にダメージは少なそうだ。
顔を真っ赤にし、これまで以上の殺意を表情に浮かべる。
「よくやりやがったな……! 礼にその綺麗なツラ、ズタズタにしてやらあ!」
両腕の刃がより一層厚く数を増やし、両足も腕と同じく密度が高くなる。
「一発貰ったぐらいでキレんなよ。――もっとブチかましてやるんだからな」
その姿に一瞬疑問を持ち、そして見出した勝機に思わず笑顔がこぼれる。
ああそうだ。ヒントは既にあったじゃないか。
「まぐれでいい気になってんじゃねえ!」
伸ばされる凶刃をこれまで通り横に逸れて回避する。
その際に
「おらよ」
すれ違いざまの一撃。
戦闘を始めて初の徒手による一撃だ。
右わき腹に狙いを定めたボディブローを叩き込む。
「かっは……!」
「俺の右は結構効くぞ」
顔を狙ってきたフックを膝を曲げて避け、目の前の鳩尾にカウンターを決める。
何故防戦一方だった戦いがこうも傾いたのか。それは考えてみれば簡単だった。
千代は己の胴体に刃を生やせない。
バールによって受けた傷。もし全身に刃を生やす能力であれば、応用して止血していたはずだ。だが傷口はそのままで今も血が流れている。
そもそも最初のタックル、いや、拳を避けた時に膝ではなく腹から刃を出していたらそれで終わりだった。
奴の性格からして、このタイミングまで出せるのに出さない選択はしないだろう。
それと刃の長さも予測がついた。精々ナイフより長い程度で、完全に間合いに近づけないほどではない。
攻撃の糸口が見つかれば、無理矢理にでも反撃すれば相手のペースは乱せる。
とはいえ依然として防御不可リーチ不利という事実は変わりなく、油断はならない。
それでも続けざまの反撃、しかも急所への攻撃に千代が初めて後ろに下がった。
「このガキャァ……! 避けるしか出来ねえんじゃねえのか!?」
「誰がそんなこと言ったよ。都合の良いことばっか考えてんじゃねえ」
「ンだとゴルァ!」
千代が踏み込むと同時に誡斗も踏み込む。
「っ!」
カウンターを警戒して一瞬躊躇した隙に、顔を目掛け縦拳を仕掛ける。
初速のある縦拳をガードするのは難しいが、構わぬと千代はニヤリとしたり顔をする。
防御を捨て腕に触れようとし――残念ながら想定済みだ。
肘を曲げて拳を上に逸らすと、千代の拳は空を切る。
表情が一変する間に、大型の銃口を視線に合わす。
攻撃を外すや否や状況を素早く判断し防御を再選択したのは、流石口が達者なだけはある。
動きを固めた千代を見据えながら、一、二、三、とステップを踏んで距離を空けた。
「…………は?」
何かしらの攻撃が来ると踏んでいたのか、間の抜けた様子で構えを解く千代。
「どうした? 豆鉄砲でも食った顔して。生憎と鉄砲はコレしかないんだが」
引き金から外していた指をまじまじと見せつける。
全てフェイント。はなから攻撃する気は更々なかった。
生死を賭けた戦闘の中でおちょくられたことに気付いて、顔はどんどんと赤く、血管が浮き出てシワ塗れになっていく。
「舐めてんじゃねえぞクソガキャァァァァアア!」
もはや靴すら小間切れになるほどの総量となった刃によって、コンクリートの地面を穿ち襲撃する。
その速度は、確かに速い。
けれど刃を増やしたからといって劇的に速くなるはずもない。
余裕を持って横のタイヤを高めに投げる。
「バカが! 何度も同じ手を食らうか!」
払い除けた左腕にタイヤが嵌る。
しかし今度は刃を増加し威力を上げ、破裂させる勢いで切り裂いた。
入れ替わるように伸ばされる右腕。
――そこには既に誡斗はいなかった。
「なっ――!」
「ここだよマヌケ」
誡斗は動いていない。
ただ頭を限りなく下げ、右足を縮めて威力を溜めていた。
――解き放つ。
払い除けた左腕。突き出す右腕。駆ける両足。防ぐものは何もない。
渾身の一撃となった蹴り上げが、ガラ空きの胸骨に命中し千代の身体が宙に浮く。
「言ったろ。俺の右は効くってな」
数秒にも満たない浮遊を味わった千代は重力によって叩きつけられた。
まともに防ぐことも出来ずに受ける前後への攻撃は、肺の機能を崩すのに十分だった。
衝撃で強くむせ返る千代。
動けなくなった男に、今度こそ引き金に指をかける。
「――……――!」
そんな中でも冷静な判断を欠かさず、両手足で全身を守ろうとする。
だが銃口は、千代に向いてすらない。
「相棒が待ってるぜ」
撃ち抜いたのは、リフト。
半分が落ちているとはいえ、残りを辛うじて支えていたアームを無慈悲に破壊する。
千代を蹴り飛ばした位置は、そう、フロントが持ち上がった車の真下だった。
ペースを握ったのも、フェイクの応酬で挑発したのも、全てはこの為。
落下した車体がド派手な音を立てて上半身を飲み込む。
「ざっけ――」
断末魔は鋼の軋む音にかき消された。
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