第11話 ロクデナシ

「コウ、弾は入れたな?」

「ああ」


 コウと呼ばれたじょうろ口の男は、何かの入れ物を懐に戻した。アレが飛び道具の正体か。


「礼儀として教えといてやる」


 男の腕が蠢いたかと思えば、欠けた刃がずるりと落ちる。それだけではなく、すぐさまに新しい刃が皮膚の内側から生えてきた。


「鬼一千代。テメエを殺す男の名だ。覚えて死ねば、俺に殺された連中に会えて寂しくないだろうよ」

「チヨ? 女みたいな名前だな。腕からは物騒なモン生えてるが、ちゃんと下にも生えてんのか?」

「……アァ? 今なんつった?」

「だから名乗るのはよせとあれほど……」


 相方の言葉を遮るように、千代の肘から先が幾重もの刃で埋め尽くされる。さながら外装を剥がしたシュレッダーだ。


「女の名前と言ったな。俺をそう呼んだ奴は例外なくブチ殺す」

「そうか。そいつは光栄だな。俺が生き残った第一号だ」


 二発目を撃った。

 ミュータントとの戦闘で後手に回るのは悪手だ。常に主導権を握らねば異様な能力に弄ばれて殺される。

 一発で終わればそれでよし。そうでなければ――


「効きゃしねえんだよ!」


 殺せるまで殺す。


 分厚い弾丸が、それ以上に分厚い刃の層に防がれる。

 千代はそのまま両腕を盾にして、新たな刃を生成して襲い掛かった。

 追撃の為の銃口を――今度はコウに向ける。

 千代のように銃弾を防ぐ術を持たない誡斗にとってコウの飛び道具の方が厄介だ。

 発砲は、急にターゲットを変えたせいで当たることはなかった。しかしコウが車体の影に隠れた為、援護射撃の心配はない。

 盾状態から繰り出されるストレートを身を屈めて躱す。

 その土手っ腹に一撃放とうとするが、その前に眼前に迫る膝を即座に腕を交差し防ぐ。

 すると突然、黒い布を切り裂いて白刃が喉元目掛け詰め寄せた。

 驚く暇もない。考えるより速く身を崩すようにしてタックルを仕掛ける。

 切っ先が頬を撫で、片足の千代が簡単に吹き飛ぶ。

 無様に後ろから倒れた千代を眺め、改めて先程の危機を思う。


「ちゃんと下にも物騒なモン生えてたな」


 膝から一本の刃が天に向かって突き出していた。どうやら足からも生えるらしい。

 ここを好機と判断したのかコウが物陰から身を乗り出した。

 何かを吹き出そうとしたと同時、誡斗は近くにあったタイヤを手に取る。

 ブン投げたタイヤは丁度中間地点で飛び道具と当たり、一瞬浮遊し、真下にいた千代の上に降りかかる。

 今度はこちらの好機。

 次弾が撃たれる前に駆け出し、落ちたタイヤの上に乗った。


「いってえ!?」


 押し潰された千代には目もくれず、勢いそのままに跳躍。

 加えて車を足蹴に更に跳躍――到達地点はコウの真上。


「――っ」


 流石に予想外だったのだろう。彼の目がこれでもかというほど大きく開く。

 それでもプロとしての意地か、細長い口から礫状の弾が発射される。

 誡斗はコウに足を向けた。

 特撮物のヒーローが必殺技を放つように向けられた靴底。

 肉を穿つ弾丸の亜種はゴム底を貫き、しかし仕込まれた鉄板に弾かれる。

 振動が骨にまで伝わるが、なに、貫通してなければ問題ない。

 そのまま蹴り飛ばし、工具が飾られた壁に激突させる。

 高い位置からの一撃、そして壁にぶつかったことで受け身を取れず、苦痛に悶えるコウ。

 真正面に着地した誡斗は隙を見逃さずに止めの一発を――


「ぅおらァア!」


 遮るように叫び声と甲高い金属系の破壊音。

 嫌な予感に振り返ると、赤い鉄塊が、ゆっくりと重力に従い傾いている。

 車はリフトで持ち上がり、固定されていたはずだ。

 ルーフ部分が見えた途端、車は打たれた杭のように勢いを増した。

 何故と考えている余裕はない。すぐにその場から逃げた。

 真横にヘッドスライディングをした直後。


「う、うわああぁぁ!」


 背後で派手な音が鳴り響く。

 立ち上がり元いた場所を見ると、車体はリアから地面に落ち、壁との間にコウは押し潰され息絶えていた。

 斜めに天井に向いた車体がまるで墓標のようだ。

 偶然か? いや、リフトのアームが不自然に壊れている。


「チッ。死んでも役に立たねえ野郎だ」


 犯人、鬼一千代が忌々しげに仲間の死体を見下す。

 あの金属の破壊音は、原形をなくした禍々しい腕によるものに違いない。


「仲間じゃなかったのか」

「あ? 仲間なら殺しちゃいけねえってか。そんなお綺麗な関係じゃねえよ」


 これが当然とばかりに言い切る。


「金の為に殺す。その過程で誰が何人死んでもいい。俺らはそういう“仲間”だ。要はビジネスだよ、ビジネス。第一よ、俺が手ぇ出さなくてもテメエに殺されてただろ。だったら一緒に殺した方が得じゃねえか。テメエは死ぬ。コウも無駄死にじゃなくなる。俺には金が入る。だっつうのに生き残りやがってよお……空気読めっての」

「……とりあえずテメェらがロクデナシだってのは分かったよ」


 胸糞悪くなる会話で分かったのは、連中が個々で雇われた傭兵ではなく組織立った存在であることと、誰かが金で異形狩り(俺)を殺すように指示しているということだ。

 最初は一人、次に二人。今度はもっと大勢で仕掛けてきてもおかしくはない。


「都合がいいぜ」


 そもそもこっちから攻める気だったのだ。仇の方からやってくるなら願ってもない。

 何よりロクデナシなら気に病む必要もない。全員ブチ殺すだけだ。


「一応聞いておくが、テメェらの中に白くてデカイミュータントはいるか?」

「知ってても丁寧に教えてやると思ってんのか?」

「まさか」


 放ったマグナム弾は当然の如く刃の盾に弾かれ、敵は獣の如く疾走した。

 瞬く間に迫る凶刃と化した拳。残弾数一発。リロードの隙はない。

 右、左、下、後退、跳躍。あらゆる角度からの攻撃を一心不乱に避け続ける。

 当然防御は出来ない。

 壁際まで追い詰められると、千代は止めと言わんばかりに渾身の一撃を繰り出す。

 直前の僅かな溜めのおかげで寸前で避けられたが、誡斗の身代わりとなった壁は深く抉れていた。これではシュレッダーではなく重機に使うカッターヘッドだ。

 警戒するのは腕だけではない。

 時折繰り出される足技には漏れなく刃が付加され、リーチの延長も相まって回避が難しい。

 反撃の意図が見つからないまま、誡斗の身体には傷が増えていく。


「オラオラオラァ! どうしたさっきまでの威勢はよぉ!」


 空を穿った拳は安々とシャッターに穴を開ける。

 飛び退き距離をとっても相手はその隙間を許さない。

 刃の出ていない部分を狙おうにもリーチの差で難しいことに加え、足の時と同じようにわざと出していない可能性もある。安易に手を出して串刺しになるのは勘弁だ。


「所詮異形狩りっつってもこの程度か。簡単に殺せる連中にイキがって調子ン乗ったのが間違いだったなあ。俺が引導渡してやらあ!」

「遠慮しとくよ!」

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