第8話 知ってたら

 誡斗と花莉奈が育った孤児院は都内の端っこにある田舎町にあった。

 住むのに不便はないものの特にこれといった名物も名所もない、そこら中にある片田舎。

 都心より山の方が近く、大半の子供達は山や川で育ち、大きくなると飽きて都心へ向かう。

 後から聞いた話だが、そんな町に少しでも子供を増やそうとして出た案の一つが孤児院だったらしい。自然豊かなこの場所で深く傷ついた子供達を癒そう、という道徳的には立派な案は善性をくすぐり、すぐに可決された。もっとも、職員以外でサポートしてくれたのは子供でも覚えられる程度の人数だったが。


 誡斗はどうやら親に捨てられたらしく、本当の意味での孤児は自分だけだった。

 故に当時は親や実家という概念にやや疎く、他の子供達が抱える問題を十分に理解していなかった。

 それでも物心付いた時から一緒にいた職員のことを親だと思っていたし、皆のことも兄弟だと思っていたから、彼らの心の傷にも向かい合った。

 時に理解不足や些細なことから喧嘩もしたが、その度に絆が深まっていく。

 きっとそれが理想形だったのだろう。まるで手本のように扱われたこともあった。

 頼られることは嫌いじゃないし、兄弟の力になると考えるとむしろ誇りに思えた。


 今思えばなんて幸せな日々だったか。

 そういった日常が当たり前で、当たり前のことを幸せというのかという人もいるが、少なくとも不幸を感じたことはなく、毎日が充実していた。


 あの時までは。


 その日のことは正直あまり覚えていない。

 ただあの光景だけは決して忘れることは出来ない。

 目を覚ました眼が映し出した世界。


 日が出ている時は必ず誰かが遊んでいた遊具は焼け野原と区別がつかなく

 いつもまでもあると思っていた二階建ての孤児院は瓦礫となって畑を潰し

 傷付け合いながらも常に温もりと共にあった親兄弟はただの黒い炭となり

 ありとあらゆる『当たり前』が、不条理と理不尽の名の下にかき消された。


 そして余燼が如く残った、たった一つの白い影。

 空洞で作った十字架を胸にした魔人。


 消えゆく意識の中で決して忘れまいと誓った。

 こんな化物、存在してはいけない。

 だってそうだろう?

 家族を殺して、のうのうと生きているなんて許せるものか。

 必ず、必ずこの手で――


 ●


「もう出かけるの?」


 開店準備をしていた花莉奈が声を掛ける。

 喫茶ファミリアには二つの出入り口がある。店の入り口とバックヤードの裏口の二つだ。

 花莉奈がバックヤードにいたから店の方から出ようとしたが、タイミングが悪かった。


「ああ。今日は遅くなるかもしれない」

「そうなんだ。昨日の依頼の続き?」

「まあ……そんなところだ」


 どことなく居心地の悪さを感じ、すぐに店を出た。

 昨日のことは花莉奈には話していない。

 孤児院の仇となれば彼女にも関係する話だが、話すのは憚られた。

 誡斗が仇を探す為に揉め事処理屋を始めたのは知っている。

 でも彼女は優しいのだ。仇を追うことで誡斗が傷付くのに傷付く。でも気持ちを理解出来るから強くは止めない。

 花莉奈を想うなら仇討ちを止めるべきだが――そんなことは出来ない。


 あの日、生き残ったのは偶然孤児院を出かけていた数人だけ。現場にいて助かったのは誡斗と花莉奈だけだった。

 人は幸運だったと慰めたが、それで終わらせる気は毛頭ない。

 家族を無残に殺されて、しかも犯人が今ものうのうと生きていることが許せない。

 だからミュータント退治を率先して受けた。結果として異形ミュータント狩りハンターというあだ名が付いたが、ようやく仇に近づいた。

 このチャンスを逃すわけにはいかない。

 仇が見つかったとなれば花莉奈はより心配するだろう。だから言わない。申し訳ないが事後報告で済ませるつもりだ。

 それはそれで心配をかけるのは分かっている。けど仇を討つまで不安がらせるのは、単純に自分が嫌だった。

 俺は、花莉奈のことが――


「あら、仕事熱心なのね」


 店から出て僅か数分。出会った女に舌打ちをする。


「何の用だよ」

「アフターケアのなってない人ね。依頼人に報告せずに仕事を終わらせる気?」

「現場にいただろ」

「孤児院が襲われてる現場にはね。肝心の不良達はどうなったのかしら」


 そういえば不良達に関しては何も言ってなかった。

 カマキリ男が撤退し、誡斗はそれを追った。

 見つけられなかったが、バージオとはそこから別れたきりだった。


「……ちゃんと解散させた。また集まるようだったらもう一度痛い目合わせる」


 報告忘れは自分のミスだが今は仇の捜索に専念したい。

 それにバージオはとある事実を隠していた。


「これでいいだろ。もう話しかけてくるんじゃねえ」

「嫌われたものね。もっと仲良くは出来ないのかしら」


 仲良く。その言葉を鼻で笑った。


「ミュータントと仲良く出来るわけないだろ」


 いとも簡単に人質を救いだしカマキリ男を退けた沙羅・バージオ。

 能力自体は不明だが、あの助け方を見るに間違いなくミュータントだ。


「知らないようだから教えてやる。俺はミュータントからの依頼は受けない」


 異形狩りと呼ばれる前から自分に課したルールだ。

 報酬が入った封筒を投げ渡す。


「でもミュータントに困っていたのは事実よ」

「じゃあテメェでなんとかしろ」

「私だけじゃどうにもならないの。ねえ他にも依頼したいことが……」

「だったら余所に依頼するんだな。もう俺はお前の依頼は受けねえ」


 封筒を受け取ったバージオは何かを言いかけて、止めた。


「……分かったわ。あなたとはもうこれっきり。これでいいでしょう?」

「ああ。二度と話しかけてくるんじゃねえぞ」


 歩き出す。

 心の距離とは裏腹に近づく二人。

 一度も視線を合わせることなくすれ違う。


「ねえ」


 今度は歩みを止めなかった。


「あの人質になった子、実はミュータントなのよ」

「…………」

「知ってたら助けなかった?」


 離れていくにも関わらず、背後に張り付くその言葉。

 無意識に眉にシワが寄っていたことを自覚した。


「……うるせえよ」


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