第9話 昨日の続きかあ!?

「ああああああ! クソッたれ!」

「敦さん、ここ病院なんで静かにしましょうよ」

「うるせえボケ!」


 真っ白なシーツの上で坂本敦は吠えた。


「あんなモヤシ野郎にブチのめされて黙っていられるか!」


 四人一組の病室で、同室の面々が――ついでに部下も――迷惑そうにしているにも関わらず思いの丈を叫ぶ。

 敦はあの後すぐに病院に運ばれた。

 意識が朦朧としていたために記憶はないが、どうやら部下が呼んだ救急車で運ばれたらしい。

 医者によると犀角と背骨にヒビが入り鼻骨は骨折、歯はいくつか欠けて口の中は傷だらけ。今日の午後に鼻骨を治す手術をして退院とのこと。


「あの野郎今度会ったらただじゃおかねえ……!」


 プライドを折るだけでなく終わったら別のミュータントと戦闘し、こちらのことは意識すら向けてなかったという。これを屈辱と言わずしてなんと言うか。


「あいつは何処の誰だか分かってんのか?」

「いえ……」

「ならとっとと見つけろ!」

「でも敦さん、他の仲間達とは連絡取れなくて……」

「それにあいつ解散しろって」

「あんな調子乗った野郎の言うこと聞くのかテメエ!」

「い、いえそういうわけじゃ……」

「だったら命令に従いやがれ!」


 スンマセン! と必死に頭を下げる部下達。

 何の役にも立たない部下に腹を立てていると、騒ぎを聞きつけたのかナースがやってくる。


「ちょっと病室では静かに……」

「うるせえブス! せめてもっと美味いメシ用意しろ!」


 残ったまずいサラダを容器ごとナースに投げつける。

 常人よりも太い腕はプラスチック製の容器を軽く投げただけでもれっきとした武器と化す。それを敦は喧嘩の経験から知っていたが、頭に血が上っていて考えもしなかった。

 吸い寄せられるように容器がナースの顔面に衝突する


「……あ、れ?」


 ――寸前、横から伸びた腕が容器を掴み取った。

 ナースは驚いていた。無論、投げた敦でさえも。

 威力こそ考えていなかったが当てるつもりで投げた。回避も防御もさせない程度には本気だった。

 容器からサラダが落ちて床が汚れる。


「近所迷惑をここでも繰り返すつもりか?」


 ナースの後ろから声がした。容器を掴んだ腕も同じ方向に繋がっている。

 この場にいた全員がその人物に注目する。

 敦達は青ざめた。そしてナースは頬を赤くした。


「げえ! お前は!」


 敦を病院繰りにした張本人だった。


 ●


 案の定、廃倉庫から一番近い病院に誡斗が探していた人物はいた。

 坂本敦。バージオからの依頼で倒した犀型のミュータントだ。

 着いて早々に迷惑をかけている彼にムカっとして、落ちたサラダを拾ってベッドに近づく。


「お、おい、何の用だよ? き、昨日の続きかあ!?」

「とりあえずうるせえ」


 サラダを強引に敦の口に押し込んだ。

 抵抗していた敦だが、無理矢理口を開け拳ごと突っ込んでやると、えずきの後に飲み込んだ。


「まだ残ってんだろオラ。残してんじゃねえよ」

「ンンンンンンンンン!?」


 ついでに他に残ってたものも全部飲み込ませた。

 警戒して硬く口を閉じていたが、軽く鼻を殴ってやると悲鳴で開く。

 食べ終わる頃にはすっかり顔色が悪く――いや常に灰色だから分かんねえな。周りの部下達は引いていた。ナースは感謝していたから問題ない。

 備え付けの椅子に座り、ベッドのシーツで手を拭う。臭いを嗅いでみた。


「くせえ。ちゃんと歯磨いてねえだろ」

「う、うるせえ……何の用だよ……」

「はあ……グローブ新しいのにするか」

「何の用だって聞いてるだろ!?」

「いちいちうるせえなあ」


 自分とてこんな連中の元に長居するつもりはない。さっさと要件を告げる。


「あのカマキリ男だよ。テメェらの連れか?」

「カマキリ男ぉ?」

「あ、あの、ちょっといいっすか」


 部下の一人がおずおずと手を挙げる。


「敦のアニキはあん時もう気失ってて、あの後のことは覚えてないんす」

「瀬戸!」


 瀬戸と呼ばれた青年は大声に身を竦ませた。


「あのなあ、なんでテメェがそのカマキリ男とやらを探してんのか知らねえが、こちとら借りを忘れたわけじゃねえんだぞゴラァ! 詫び入れんのが先だろうがよお!」

「そらよ」


 ガーゼで包んだ鼻に軽く裏拳を入れた。

 少々悲鳴がうるさいがこれで茶々を入れることはなくなるだろう。

 今度は敦ではなく部下達と向かい合う。


「で? ヤツはお前らの仲間ってことでいいのか?」

「い、いえ、あんな奴知らないっす!」

「こいつ人の顔覚えんのが得意で、新人とも必ず話すんで間違いないっす!」

「んじゃなんであんな所にいた?」

「知らないっすよ!」


 カマキリ男と“犀黒伏”の連中に接点がないのはなんとなく予想していた。

 あの男は明らかに誡斗を狙っていた。それも異形狩りだと知った上でだ。

 一方で“犀黒伏”はこっちを知らなかった。仲間なら情報ぐらい共有しているはずだ。

 つまりカマキリ男は単独で誡斗を狙っていたことになる。

 わざわざ乱闘で疲労したところを襲うとは良い趣味してやがる。


「じゃあなんでもいい。カマキリ男……カマキリ型のミュータントについて知ってることは?」

「知ってること、って言われても……」

「そもそも仲間以外のミュータントなんてほとんど知らないし……」

「あ、十字クロス皇帝ロードはどうっすか? アイツら構成員のほとんどがミュータントっすよ」

「ねえな。あそこは表向きテメエらと同じチンピラだが中身はヤクザの使いっ走りだ。見張りと小遣い稼ぎと新人発掘のためのチームだから殺しなんて真似はしねえ」

「マジかよ……」

「じゃあそのヤクザって線は……」

「いくら俺が異形狩りなんて呼ばれてても基本依頼がなけりゃ動かねえ。俺に依頼が来るってことはカタギ舐められてる証拠だ。そんなヤツの為に動く任侠なんざ連中は持ち合わせちゃいねえよ」


 だがカマキリ男を雇ったのがヤクザという可能性はゼロではない。依頼があったとはいえ事実上シマを荒らしているのと変わりないのだ。

 ただヤクザという存在はメンツで食っているようなものだ。やるなら自分の組の人間を使うだろう。


 他にないかと促すが、続く案は出てこなかった。

 ため息を吐く。

 カマキリ男との繋がりがない時点で察していたが、やはり得るものはなかった。

 しかし思い当たるのもここだけだった。誡斗に殺意を持っていることと廃倉庫に現れたということ以外、カマキリ男に関する情報がないのだ。

 となれば情報屋に頼るしかない。

 昨今の時代、情報屋すらミュータントであることが多い。特異性は他者との衝突を生むが、長所を活かせばどんな人物よりも優れた成績を残す。故に傭兵や情報屋など裏社会に属するミュータントは多い。

 もっとも今やミュータントなんて珍しくもない存在。派遣会社があるのも不本意だが頷ける。


「あ、あの」


 人間の情報屋でこの手の情報に詳しそうなのを脳内で探していると、声がかかる。

 部下の一人の、小柄な少年だ。


「直接関係あることじゃないっすけど、一つ思いついたのが」

「なんだ?」

「情報屋とかどっすか」

「…………」


 たった今考えていたところだ。

 表情で望んだ答えじゃなかったのを察したのか、少年はこちらが何かを言う前に続けた。


「ただの情報屋じゃないっす! ミュータント専門の情報屋がいるんすよ!」

「そりゃまあ、いてもおかしくねえな」


 人間兵器とも言われているミュータントだ。仲間に引き入れるにしろ敵対関係にしろ、情報を握っておくのは損ではない。

 むしろ無闇に情報を集めて曖昧や表面的なものだけより、専門化しているほうが信憑性も精度も高い。


「ほら、10Qイチマルキューって店あるじゃないっすか。その裏の路地に車の整備工場があるんすけど、そこで合言葉を言うと情報を売ってくれるんすよ」

「整備工場の情報屋か……」


 聞いたことがない情報屋だ。

 名が知れていないということは実力もたかが知れている可能性が高いが……何の伝手もないよりはマシか。


「その情報屋についてだが」

「は、はい」

「そいつミュータントじゃねえだろうな」


 ●


 “犀黒伏”にとって忌々しい男が病室から去って、面々はようやく息を吐いた。


「にしてもお前、情報屋なんてよく知ってたな」

「あの廃倉庫見つけたのもお前だし、それも情報屋から教えて貰ったのか?」

「情報屋なんて知らないっすよ」


 え、と周囲が少年を見た。

 少年はおどけた表情で言う。


「あんなんあの野郎をどっか行かすための嘘に決まってんじゃないっすかー。アニキ達マジで信じたんすか?」

「んだよ嘘かよ」

「お前それ大丈夫か? あいつ戻って来たらヤバイぞ」

「大丈夫っすよ。戻って来ないっす」

「なんでそう言い切れるんだ?」

「なんでっすかねー」


 少年の受け流す態度は目上の者に対するものではない。

 けれどそれを咎めるのは“犀黒伏”の幹部達には憚られた。

 一切根拠の提示されない自信。だが少年の表情には先程までのとは違う、不敵なものがある。

 いつもと違う様子に不気味さを感じ、敦を含め、全員がそれ以上の追及を止めた。

 その日以降、少年が“犀黒伏”の前に現れることはなかった。

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