第40話 茜にも大事なお友達がいるんだろ?いまのうちにいっぱい飛びなさい。高く、遠く、お友達と一緒に

 お茶を飲んで、練りきりも食べ終わった。

「日が傾いてきたね。散歩に行こうか。茜もついてきておくれ」

「散歩?おばあちゃん散歩が趣味なの?」

「趣味ってわけでもないけど。歳をとるとじっとしてたら骨が弱くなるし、自分の足で歩けるうちに歩きたいと思うものなんだ」

「でも、暑くない?」

「日が照ってなければ、そんなに暑くないよ。夜は涼しくなってきただろ」

「じゃ、行ってみるかな」

 外は、涼しいってほどではなかった。生ぬるく感じる。おばあちゃんは、玄関をでて歩いて行ってしまう。

「おばあちゃん、カギは?」

「このへんは寝るときしか鍵をかけないんだよ」

「大丈夫?危なくないの?」

「まわりは昔から住んでいる人ばかりで、知らない人間を見かけたら声をかけるからね、大丈夫だよ」

 なんて田舎なんだ。わたしが住んでいるところが田舎だっていうことなんだけど。わたしのうちは田んぼをつぶして住宅団地にしたところだから、共同で治安を守るみたいな仕組みにはなっていない。知らない顔があっても不思議に思わない。

 歩いていると、玄関先の花に水をあげているおばちゃんが挨拶してきたりした。そのたびに、わたしはおばあちゃんの孫だと紹介される。ちょっと待ってといって引き留められてお菓子をもたされたりもする。手ぶらで出てきて、お菓子もって歩きづらいというのに。それも、わたしみたいな乙女にお菓子をもたせるのはどうかと思う。

「わたしが中学三年生のころ、進路のことで友達とケンカしてしまって悩んでいた。朝、起きたら体が宙に浮いてしまったんだ」

「えっ」

 突然話の続きが始まったと思ったら、衝撃的事実を告げられてしまった。おばあちゃんも中三のとき宙に浮いただって?

「茜には信じられないだろうね。魔女にでも魔法にかけられたのかと思った。カバンにはいるだけの本をつめて、それをもって学校に通ったよ。体が浮き上がらないようにね。校舎にはいっても、カバンを手放せない。幼馴染の男の子に助けてもらったりしてね。当時は中学生で男の子と仲良くするなんて悪いことだといわれていたんだけどね」

「へー。おばあちゃんやるね」

「茜のおばあちゃんだからね」

 どういう意味だ。

「その男の子は、勉強も運動もできて、カッコよかったから、人気があったんだ。

 幼馴染だからね、頼りにしていた。高校に行きたいけど、親に反対されてるって相談したんだね。そしたらわたしに、勉強しろっていってくれた。勉強して成績が良ければ、先生が高校に行かせた方がいいと言ってくれるかもしれないし、親だって気が変わるかもしれないってね。それで猛勉強した。男の子と一緒に。親は、高校に合格したら行ってもいいといってくれた。結局、高校に受かって、男の子とまた一緒に学校に通った。

 その男の子が、茜のおじいちゃんだよ」

「まじ?」

「のろけ話だ」

 ペロッと舌をだした。チャーミングだ、おばあちゃん。

「慣れるとね、いいものだった、宙に浮くというのも。夜は腰に縄をつけて、反対を柱にくくりつけて、空に浮かんでみたりしたよ。ちょうど今くらいの夏の暑いときで、空に浮ていた方が涼しくて気持ちよかった」

 なんと、それは試していなかった。

「ケンカしてしまった友達に話したんだ。わたし宙に浮くようになっちゃったって。そしたら、実はわたしもなんていって、その子も宙に浮くようになっていたんだね。高校に行くことに決まったって言ったら寂しそうにしていた。わたしが高校に行ったら、そこで友達ができて、その子と疎遠になるって心配だったみたいだね。でも、最後には仲直りできたんだ」

 美月とわたしみたいだ。

「ほら、あれがその友達」

 おばあちゃんが指さしたのは畑だった。ナスの畑だ。ナスはもちきれないよ?

「あら、暁ちゃん」

「孫の茜が墓参りにきてくれたからね、連れてきたんだよ」

「本当?まあ、若いころの暁ちゃんにそっくりだ」

「おばあちゃんこんなに美人だったの?」

 わたしはほっぺを片手で押さえる。

「人気のあった男の子をゲットしたくらいだからね。それは、暁ちゃんモテモテだったんだよ」

「おばあちゃんたち、ずっと仲良しだったんだね」

「そうでもないんだ。わたしが高校にはいってからは樹ちゃん、はたらきに出ちゃったから、あまり会わなくなっちゃった。お互いに結婚して、わたしは幼馴染、樹ちゃんは学校の先輩とだったから嫁ぎ先がご近所だった。それでまた親しくできたんだ。運が良かったね」

 樹というのが、ナスのおばあちゃんの名前なのだろう。かごにナスをいれて畑から道路にでてきた。

「夕飯かい」

「そうだよ。今日はね、麻婆ナスにしようと思って」

 ナスのカゴを少しもちあげる。

「元気だねえ」

「おいしいもの食べて元気を保たなくちゃ」

「そりゃそうだ。わたしも茜がお嫁に行くまで長生きしなくちゃいけない」

「おばあちゃんたち、宙に浮いちゃう病は中学三年生のときだけなの?」

「宙に浮いちゃう病かい?面白い名前をつけたね」

「そのままだけど」

「そうだよ。中学三年生のときだけだよ」

 おばあちゃんは樹おばあちゃんに、茜は中学三年生で、わたしたちの中学三年生のときの話をしていたんだと説明した。

「わたしは中学三年生の女の子はみんな宙に浮くんだと思うんだ。いや、本当は自由に空を飛べるんだ。すこしの期間だけね」

「暁ちゃん、またヘンなこと言ってる。茜ちゃんにあきれられちゃうよ」

「だって、本当にそう思うんだから。多くの子たちは気づかないうちにその期間を過ぎちゃうだけなんだよ」

「そうかな。わたしは、暁ちゃんとわたしにだけ起こった不思議な出来事だったと思うな」

 それはそれで素敵な考えだ。

「わたしにとってはね、おじいちゃんともっと仲良くなるキッカケになったし、樹ちゃんの気持ちを知って仲直りするキッカケにもなった。あのとき、仲直りしてなかったら近所に住んでいても仲良くできなかったかもしれない。茜のいう宙に浮いちゃう病は、不思議で大切な出来事だった。茜にも、そういう大切な出来事がきっとあるから、チャンスを逃さずに、恐れずに、羽ばたくんだよ?」

「羽ばたくって。暁ちゃん、わたしたち羽ばたいてた?」

「羽ばたいてた、羽ばたいてた。ばぁっさばぁっさ羽ばたいてたよ」

「そっか。そんな自覚はなかった」

 なんか、わたしはおばあちゃんの孫だなって、樹おばあちゃんと話してるのを聞いてると思わずにいられなかった。歳とった美月とわたしが話してるみたいだった。

 畑のまえで樹おばあちゃんとお別れして、おばあちゃんちのまわりをぐるっと一周するかたちで帰ってきた。

「おばあちゃん、どこいってたの?」

 玄関をあがったところに、お母さんがキッチンから顔を出した。

「ちょっと散歩だよ」

「晩ごはんなにがいいか聞こうと思って電話したのに。茜もケータイにでないんだから。晩ごはん勝手に決めちゃったよ?」

「いいよ」

「ナスがあったから麻婆ナスだから」

「樹ちゃんがくれたんだ」

「ああ、友達の。仲良いよね。ナスあんなにあってもひとりじゃ食べきらないでしょ。なんであんなにもらうかなー」

 お母さんはキッチンにひっこんだ。おばあちゃんが皺くちゃの目でウィンクしてきた。これもなんか不思議な感じでしょ?ってことかな。

 晩ごはんの麻婆ナスを食べながら、樹おばあちゃんは一緒にご飯食べる人いるのかな。いまごろ麻婆ナス食べてるのかな、なんて考えた。


「おばあちゃんさ」

「なんだい」

 おばあちゃんはお風呂から出て、扇風機のまえで涼んでる。

「うちのお母さんは、宙に浮いちゃう病になったのかな」

 宙に浮いちゃう病は遺伝性なのかもしれない。

「さてね。どうだろう。茜のお母さんには話さなかったし、お母さんからも聞いてないからわからないな」

「なんで話さなかったの?」

「自分の子供に、のろけ話を聞かせるのは恥ずかしいじゃないか」

「ふーん。孫ならいいんだ」

「おばあちゃんになっちゃったからね。もしかしたら、お母さんのおばあちゃんとこんな風に話をしたかもしれないね」

「なるほど」

 じゃあ、お母さんに聞くのはやめておこうかな。

「茜にも大事なお友達がいるんだろ?いまのうちにいっぱい飛びなさい。高く、遠く、お友達と一緒に」

「うん。やってみる」

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