第11話 曽根ってヤバいんじゃないの?ママに聞いたことあるよ。昔のヤンキーはカバンに鉄板仕込んでたって
カバンに色紙をしまう。よっこいしょっとカバンをもつ。美術室にいって、今日こそは絵のアイデアを描かなくては。
わたしが立ち上がると、小林が教室にはいってきた。わたしの目の前にやってくる。何か用があるらしい。無視されているんじゃなかったのかな。
「あの、ちょっと一緒にきてほしいんだけど」
小林は気の弱い女の子で、話しかけてもなかなか会話が成立しないほどの子だ。
「どこ?わたしこれから部活なんだけど」
邪魔がはいったら、また絵が描けなくなってしまう。
「あの、お願い一緒にきて」
小林がやけに必死になっている。
あー、なんか読めちゃった。きっと校舎裏とかに呼び出されていくと、みんながわたしを取り囲むんだ。なんやかやケチをつけてわたしを集中攻撃しようという魂胆だ。やれやれ、こんなあからさまなやり方して、わたしがサッカー部を動員して先手を打ったらどうなるか考えないのかな。
「どこ?校舎裏?」
「え?えーと、わたしについてきて」
「断る」
「困る」
「小林、みんなと仲良くしたい?小林に嫌な役を押し付けるやつらだよ?それに、わたしのほうが力があると思うけど、聞いてるんでしょ?サッカー部に絶大な人気があるんだ。そういう人間と戦争するつもりのやつらだよ?無謀じゃない?バカなやつらだと思わない?」
小林は予想外の反応に思考が追いついていないようだった。
「じゃ、わかった。みんなのところにもどってこう言って。曽根がサッカー部の応援を取り付けたから早く解散した方がいいって。ひとりに対してみんなで取り囲むような卑怯なことをする人間だと男子に思われるよって」
小林は首をすごい勢いで振る。
困ったな、大勢を相手に不毛なやりとりしても仕方ないんだけど。あまり無理をいって小林をビビらせてもかわいそうかな。でも、卑怯なやつらだからしばらく待たせてやるのもいい。
ケータイでメールを一通送信し、もう一通作成する。ポケットにしまう。カバンの中身、特にいまもらった色紙を机にしまう。
「わかった。じゃ、行こうか。でも、小林、自分でどうするのか考えて行動するようにしないと、自分の人生が自分のものでなくなっちゃうよ。それだけ。あ、そのまえにトイレ」
わたしはトイレでせいぜいゆっくり仕込みをした。ゆっくりしないとほんの数秒しかかからない。相手を待たせようと思っても、なかなかむづかしい。時間のつぶし方がわからない。宮本武蔵は巌流島に行くまえ何してたんだろ。そうだ、美術室によって遥に部活休むっていっておこう。
美術室によったあと、もう用事が思いつかなくて、小林の案内で連れてこられたのはやっぱり校舎裏だった。わたしはポケットの中のケータイを操作して、作成してあったメールを送信した。
「曽根、あんた調子に乗りすぎ」
尾形だ。女子のリーダー的存在。威張りたがりなのだろう。
「調子に乗れるときに乗っておかないとね。わたしのこと無視してくれちゃってるんだって?」
無視されているとわかって誰とも話そうとしてないから、本当に無視されているのかわからないんだけど。
わたしは全員を見まわす。ほとんどうつむいてしまって目が合わない。
「三浦のことどう思ってんの?」
「空のこと?もちろん大好きだけど?」
尾形は空のことが好きなのか。意地悪な気分が、答えなくてもいい質問に大げさに大好きと答えさせた。ウソでもないけど、普通は他人にこんなこと言わない。
「やりかたが汚ねえんじゃねえの、差入れとか」
「まさか、一回の差入れしかしてないと思ってるの?わたしと空は幼馴染なんだよ?毎日わたしが手伝って作ったご飯を空は食べてるの。差入れくらいなんでもないよ。空にだけおいしいものを食べさせるのは不公平かと思って、あれはサッカー部のみんなに差入れしたんだよ。わたし男子に人気あるからね、みんな大喜びだったなー」
大いにウソを混ぜ込んで尾形を挑発してやる。まったく、わたしの貴重な時間を無駄にさせて。高くつくと思い知らせてやる。
「だから、わたしに手を出すとサッカー部というか、大勢の男子を敵に回すことになるよ」
これは、もしかすると本当かもしれない。ケータイをポケットから出して、わたしを取り囲んでいる面々を撮影した。メールに添付して送信する。
「本当にそんなことになるか、試してやろうじゃない」
尾形が前に進み出た。視線がわたしを見ていない。わかりやすすぎる。なんだろ、この子たちは。考えが足りないなんてものじゃない。考えていない。テレビででも見たことを真似しているだけなのだろう。それに、卑怯だ。
カバンを右に向かって思いっきり振る。
あ。
カバンが誰かの頬にクリーンヒットした。顔がゆがんでいる瞬間がバッチリ脳裏に焼き付いてしまった。
わたしに殴られた子が派手に吹き飛んだ。
あーあ、うまくいきすぎた。カバンに六キロのウエイトがはいってるのをあんなにまともにくらっちゃって。
「ねえ、いまの。尾形、曽根ってヤバいんじゃないの?ママに聞いたことあるよ。昔のヤンキーはカバンに鉄板仕込んでたって」
腰ぎんちゃくの浜田だ。あんたのママは元ヤンなのか。
もうかかってくる子はいないらしい。まったく。美術部だからオタクだとでも思ってあなどっていたのかもしれない。大勢でかかればビビッていうこと聞くとでも思ってたのだろう。
小学校では、わたしは空と組んでサッカー部で鳴らした過去があるのだ。ほかにも二人でいろいろやんちゃした。つまり、小学校までは、空と同じくらいの体力があった。そんなこと、同じ小学校の子に聞けばすぐわかることなのに、なぜ敵のことを調べないで行動を起こすのだろう。
一歩尾形に近づく。まわりを見回す。視線だけで大いに威嚇されてしまうらしく、みんな立ちすくんでいる。普通の女子はそんなものだ。あとは尾形だけに絞って対決すればよい。でも、尾形は幸運だったらしい。わたしは視界の端に影を捉えた。
六キロのウエイト入りのカバンを握りしめる。尾形に向かって二歩三歩、踏み込んでカバンを投げつける。
地面を蹴って飛び上がる。
校舎の屋上には柵が設置されている。校舎は四階建て。
こんな遠くまで飛んだことはなかったけど、浮いたり跳んだりすることに十分慣れていた。地面から飛びあがって屋上の柵にしがみつくことくらい造作ない。
わたしとしたことが、尾形との対決で頭に血がのぼってしまったらしい。地面を蹴る力が強すぎた。
飛び上がる角度が狂って柵に手が届かない。
しまった。
空に思いっきり激突した。
柵をつかめなかったから、すべての勢いを空にぶつけてしまった。
空と一緒に柵を越えて屋上の床に倒れこむ。
「ごめん、空。勢いよすぎた」
「いててて。まったくー。やることが大胆すぎるんだよ。体が軽いから大したことないけどな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます