第3章 魔法少女マジョルカ・アカネ、飛び立つ

第15話 わたしの可憐なオミアシが泥はねで汚らしくまだら模様になってしまった。あいつらー、絶対ぶっつぶしてやる。

 早起きしておにぎりを握りまくる。今日はサッカー部の大会だ。わたしにとってはおにぎり大会だ。差入れを用意して会場までお母さんに車で送ってもらう。

 玄関のドアを開けると、外は雨が降っていた。

 がーん。

 サッカーの試合は雨が降っていても決行だ。

 うわー、かわいそう。

 応援する方も雨の中だ。やれやれ。贅沢は言えない、お父さんの大きくて黒い傘を借りていこう。お父さんはどうせ出かけない。

「サッカーって、やーね。雨でも試合するんだから。全身ずぶ濡れの泥だらけになるんだよね。親御さんたちは洗濯大変だろうなー。茜は泥だらけになんてならないでね」

「わたしは傘さして高みの見物だよ」

 お母さんが疑わし気な目で見てくる。空と一緒になってサッカーやってた小学校時代とはちがうんだから。どうやったらわたしが泥だらけになるのか教えてもらいたいくらいだ。まったく。


 自分の学校以外の学校にはいりこむのははじめてだ。ちょっとドキドキする。試合の歓声らしき声が雨の音にまざって聞こえてくる。水たまりをよけながら校庭に回り込む。

 うへー、通路いちめんが水たまりになっている。しかたない。花壇の縁石にあがりこんで上を歩く。バランスだ。重箱と傘で両手がふさがっている。重箱の包みにはビニールをかぶせてきた。

 ふー。

 どうにか水たまりのある場所をとおりすぎて花壇の縁石からおりる。

 うしろから声がして、大勢が掛け声をかけながらわたしの横を走り去っていった。水たまりを意に介さず派手に泥水を跳ね上げて走っていったせいで、わたしの可憐なオミアシが泥はねで汚らしくまだら模様になってしまった。

 あいつらー、絶対ぶっつぶしてやる。

 そう思ったけど、

 ああ、ダメだ。

 会場に着いたら、わが校は試合中だった。さっきわたしに泥水をぶっかけていった連中は対戦相手ではなかった。

「おはようございます。試合どうですか」

「ああ、曽根。おはよう。差入れもってきてくれたのか?ありがとうな。試合はどっちも点をいれてない。ゼロゼロだ」

 松本先生は試合から目をはなさない。カッパを着てベンチに腰かけている。交代要員はベンチの横っちょでカッパを着てウォーミングアップしている。

 わたしはベンチの横につったって試合を見守る。ベンチはびしょ濡れで、すわれたものじゃない。重箱だけベンチ入りしている。

 空がボールをもった。でも、水たまりの中だ。ボールを蹴ろうとしても、水ばかりが跳ねてボールは水たまりからでない。

「そんなところでドリブルしようとするなよ。ああ、その勢いと角度でボールが水たまりに侵入したら跳ね返されるに決まってるだろ。なにやってんだ、あいつらは」

 先生がブツブツいうのが聞こえてくる。

 水たまりというのはやっかいなのだ。ちいさい角度で勢いよく水たまりに侵入すると、ボールは水たまりの表面で勢いそのままに跳ね返される。でも、勢いが弱かったり、角度が大きかったりすると水たまりでピタッと止まってしまう。そのあたりの読みが、みんなはできていないのだ。それで、ボールの動きに意表を突かれまくっている。

「そんな小さいスペースでパスをつなごうとするな、大きく蹴れよ」

 先生はブツブツいわずに見ていることができないみたい。きっと家でもひとりごとをブツブツいっているにちがいない。

 でも、先生がブツブツ言いたくなるのもわかる。短いパスが通らない。ボールが水たまりで転がらないからだ。そうすると、せっかくの自分たちの支配しているボールが、敵チームと支配を争わなくてはいけなくなる。支配をとりもどしても攻撃の流れは途切れてしまっている。雨の日には雨の日の戦略というものがあるのだ。

 それでも攻めたり守ったりしている。たしか、相手は県大会に出場することもあるなかなかの強豪だと聞いている。いまは、それなりに互角の戦いをしているように見える。雨のおかげかな。

 あ、敵のクリアボールが空の正面に飛んできた。

 トラップ。空の足元に止まった。近くに敵はいない。ちょうど水たまりでもない。

「ソォラァー、打てー。シュートォー」

 空の動作はゆっくりしている。

 ワンステップでボールを蹴る。ボールから霧のようなしぶきが上がる。

 蹴りあげられたボールは、大きな弧を描いてゴールに向かって飛んでゆく。

 スローモーション映像のようだ。

 キーパーが飛び上がって腕をのばす。

 パンチングは、とどかない。

 ボールがゴールに吸い込まれた。

 あれ?ゴール、決まった?一点とった?

 審判のホイッスルが鳴る。

 やった。ゴールだ!

 松本先生が、おおっと感嘆の声をもらす。

 グラウンドの選手たちが自分たちの陣地にもどってゆく。たいしてうれしそうでもない。空はうつむいている。

 ん?

 顔をよくみると、にやけているじゃないか。にやけ顔を隠すためにうつむいているな。空のやつー。もっとよろこべばいいのに。あんなにきれいにシュートが決まってうれしくないはずがない。

 相手のキックオフ。また泥だらけのボールの蹴りあいがはじまる。すぐにコーナーキックを得た。でも、敵チームに大きくクリアされる。審判のホイッスルが鳴って、ハーフタイムになった。

 空たちがベンチに引きあげてくる。空はみんなに背中やら肩やらを叩かれている。

「曽根!ごちそうさま」

「第一声がそれ?まあ、差入れもってきたけど」

 全員の歓声が上がる。

「それより、先生の指示をしっかり聞いて。みんな戦い方まちがってるよ」

「曽根の言うとおりだ。この試合負けたら、差入れは食わせないからな。おれが全部もらう」

 げえーとみんなが不満の声をあげる。

 先生が後半の戦い方を指示する。ドリブル禁止。ショートパス禁止。バックはラインの外にクリア。攻めは前に大きく蹴れ。ボールは水たまりで止まるからフォワードが追いかけろ。打てるときはロングシュート打て。それから水たまりでのボールの読みをみんなに教えた。

「お前らな、中学生だろ。雨の日の試合くらい何度もやってきたはずだぞ。頭を使え。後半は相手に点を取られるまで点とろうと思わなくていいから。とにかくシュート、クリアでラインの外にボールをだせ。いいな」

 はいっと元気な声で答える。男子が声をそろえるといい感じだ。

 選手たちは水分補給したり、屈伸したりしてくつろぐ。

「曽根の声すごかったなー」

 誰かが言ったのが耳に入った。やだ、恥ずかしい。

「茜は小学校のころずっとあんな感じだったんだ。久しぶりにあんな声聞いたけど。体が覚えていて勝手に指示に従っちゃうもんだな」

 ばか、バラすな。

「茜は監督そっちのけで指示をだしまくるからさ。黙っておれたちに好きにやらせてくれって思ったものだよ」

 雨に打たれてずぶ濡れの空が遠くを見る。そんな演技は過剰だ。

 審判のホイッスルが鳴って試合再開だ。選手がグラウンドに駆けて散らばってゆく。

 後半は先生の指示通りのプレイをした。ロングシュートは決まらなかったけど、攻め込まれて冷やっとするようなこともなかった。球ひろいの子たちの出番が増えたけど、雨の中じっと立っているより、たまには走った方がいいだろう。

 試合はイチゼロのまま、わが校は勝利した。

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