第10話 ずっと試合のたびに差入れもって行かないと、負けたらわたしのせいになるじゃーん ―― そうかもな

 月曜日、登校すると騒々しい。なんだか、わたしの評判がすごいことになっていた。サッカー部の連中が差入れのことを言いふらしたらしい。あのおにぎり、やっぱり最高においしかったんだ。

 わたしの株があがるのはよいのだけれど、別の部の人間がつぎつぎに押し寄せてきて、うちにも差入れをと山ほど要請が寄せられて困ってしまった。

「みんな、うちもうちもというけど、差入れにはお高い見返りがないといけないんだよ?それを先に提示してもらわないと返事できないよ」

 火に油を注いでしまったみたい。今度はデートの申し込みみたいな話がまた山ほどきた。

「ごめん、みんな。ウソつきました。空に借りがあって仕方なく差入れしました。それだけです。見返りいらないから。差入れもあきらめて。ごめん」

 わたしはみんなを拝み倒して勘弁してもらった。ちょっとサッカー部の連中をよろこばせるようなイタズラをしようという軽い気持ちだったのに、とっても大げさなことになってしまった。サッカー部の連中も悪いんだけど。なにかお仕置きをしたい。

 わたしはサッカー部へのお仕置きを考えながら一日を過ごしてしまった。ぼーっとしていて今日なにが起こったか記憶にない。その一日を費やして思いついたことと言えば、次に差入れをする機会があったらおにぎりの具を辛口にしてやれということくらいなものだ。発想が貧弱なのが悔しい。


 美術室に顔を出す。また遥が先にきて絵を描いていた。熱心なことだ。熱心なのはいいけど、授業にちゃんとでているんだろうか。

「精がでるね、遥」

「精をださなくていいの?茜」

「それをいわないで。でも、ちょっと思いついたことはあるんだ」

「へー、いいね」

「まだ話してないけど。遥って本当にわたしのこと興味ないよね」

「いまのいいねはアイデアの内容がいいねではない。アイデアが浮かんだということに対するいいねだ」

「いいねってソーシャルネットワークサービスじゃないんだから。まぎらわしい」

「この間のケーキ食べてどうだった?」

「どうだったって、体重計に乗ってもはかれないから太ったかどうかわからないよ」

「そういう答えが返ってくるということは、まだ宙に浮いてしまうというふざけた体質は改善していないんだ」

「そうだよー。小康状態だよ」

「それは少し良くなった状態を保っているのをいうんじゃないかな」

「そうなの?じゃ、なんていうの?悪いままって」

「そんなのあったっけ」

「じゃあ、膠着状態は?」

「それは争い事なんかで形勢が固定されてしまった状態かな」

「すらすら答えてくれるけど、本当に正しいのかどうかわからないんだよね」

「あとで自分で調べたらいいよ」

「メンドクサイ」

「茜もわたしに対してヒドイ振舞いをすると思う」

「本当だ。ごめん。社会に出たらまわり敵だらけになっちゃうかな」

「いまでも十分敵だらけだ」

「うそだー。そんなことないよ」

「茜が気づいていないだけ」

 まさか。わたしには心当たりがない。

「いやいや、いくらわたしでも、みんなから嫌われてたら気づくって」

「普通無視されるってことは、みんなに嫌われてるってことだと思うけど」

「えっ?無視って?」

「やっぱり気づいてないじゃないか」

「うそ。わたし、みんなから無視されてるの?ぜんぜん気づかなかった。それってやっぱりサッカー部に差入れしたから?」

 遥が肩をすくめてみせる。知るかということかな。

「そっかー。わたしみんなから無視されてるんだー。無視って嫌だよね。なんでするんだろうね。誰かを無視しろっていわれるより、みんなから無視された方がましだけどさ。いやー、なんかみんなを見る目がかわっちゃうな。もしかして、美月が話してくれないのって、みんなにわたしのこと無視しろっていわれたからかな」

「そんなことないだろ。赤城にそんなこといえる女子はいないし、無視しろっていわれて素直に従うような赤城じゃないし、むしろ無視の計画が壊される心配があると思うけど」

「そっかー。それに美月の方が先だ。差入れする前から話してくれてないもん」

「よかったな」

「ぜんぜんよくないよ」

「赤城に裏切られたわけじゃないからいいじゃないか」

「でも、みんなに無視されている問題を解決できたとしても、美月の問題は残っちゃうってことでしょう?」

「ほうっておけば?みんななんて。誰だよみんなってって感じ」

「いやー、わたし八方美人を目指してるから」

「それって、意味わかっていってる?美人のことじゃないよ?」

「そうなの?みんなから好かれる美人じゃないの?」

「人に好かれようとして、みんなにいい顔をするけど、そのことがバレバレでみんなに引かれてるって感じだと思うよ。茜はすでに八方美人なのかもしれないね」

「勉強になった。まちがって使わないように気をつけよっと」

 遥は首をかしげて答えた。

「どうしたらいいのかな。サッカー部にもう差入れしちゃったしなー。悪いのは空なのになー。空がとんかつ弁当をくれたからいけないんだよ」

「大丈夫だよ、茜なら。はじめから他人と関わってないんだから」

「そんな。遥だよー、それは」

「わたしもだけど、茜もだよ」

「そうかなー。わたしはみんなと仲良くしたいけどなー」

「じゃあなんで放課後にわたしに教えられるまで無視されていることに気づかないんだよ。今日一日誰とも話そうとしてなかったってことじゃないか」

「今日は特別だよ。だって、考え事してぼーっとしてたんだから」

「あっそ。じゃあ、明日は無視されて困るかもね」

 わたしはショックで、思いついたアイデアを試そうという気分にならなかった。遥が描いているところをずーっと眺めて部活を終わってしまった。


 翌日、無視されるのが怖くて誰にも話しかけられずに、ずっと誰とも話さないで過ごした。昨日遥に言われたとおり、誰とも話さなくても困らないと言えば困らない。でも、無視されていないのと同じかというと、そういうことはない。話しかけても無視されるんだろうなと思っているのと、そんなこと思わずに話す必要がないから話さないというのでは、気持ちが全然ちがう。

 今日一日と、昨日もだったから、二日連続だれとも話さずに過ごしてしまった。こうなったら何日まで誰とも話さずにいられるか挑戦してみようか。

 無視されているからだろうか。放課後、帰る準備をして教室をみまわしたら、ほかに誰も残っていなかった。それとも、わたしがぼーっとしてただけ?

 ジャージに着替えた空が教室に入ってきた。

「どうしたの?忘れ物?」

「お届け物だ」

 空が背中に隠し持っていたものを差し出した。色紙?

「なにこれ」

 色紙は三枚重なっていて、名前とメッセージがはいっていた。サッカー部が学年ごとに一枚の色紙を使って、差入れのお礼やら感想やらを書いてくれたのだ。

 うおー、うれしい。涙でそう。

「こんなのもらったら、また差入れしなくちゃいけなくなるじゃない」

「みんながよろしくといってたぞ」

「下心を隠しなさい」

 空が笑う。思い出したようにケータイを取り出す。

「証拠写真撮らせてくれよ」

「え、嫌だよこんな顔してるところ」

 うれしくてにやけて、泣きそうですこしゆがんだ顔をしている自覚があった。

「じゃ、ちょっと待ってやるから。最近は困ったことないか?」

 あるよ、あんたたちのせいでね。でも、こんなものもらったあとで文句いえるわけない。

「もう慣れたから。あとはどうやってもとに戻るかだよね」

「そうか」

「大会いつだっけ」

 大会は敵チームの中学校へ行って戦う。午前中に試合があるということだから、約束どおり負けたらおあずけもできる。いや、負けても食べさせてあげたくなっちゃうな。

「応援にきてくれるのか?」

「応援というか、また差入れにいかなくちゃいけないんでしょ?」

「おお、女神よ」

 手を顔の前で組んでわたしに祈りを捧げる。

「大げさ」

「いや、もうサッカー部では茜は女神ということになってるから」

「やだー。そんなの恥ずかしくて差入れもってけないよー」

「まあまあ、そういわずに」

「これで試合に勝ったら勝利の女神になっちゃうんでしょー?そしたら、ずっと試合のたびに差入れもって行かないと、負けたらわたしのせいになるじゃーん」

「まあ、そうかもな」

「ぐぐっ」

「じゃ、写真撮るぞ」

「ちょっと待って」

 あわてて色紙を三枚胸の前に掲げる。空が声をかけてケータイで撮影した。ぎこちない笑顔になってしまった。撮影状態をチェックして、そこそこ見られるかと思ってオッケーをだした。

「ありがとな。じゃ、部活行くわ」

「こちらこそ。みんなにありがとって伝えてね」

 もう廊下に出かかっていた空は、教室のドアの陰から手のひらだけだして答えた。

 ふー、やれやれ。

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