第9話 そんなことやってると空ちゃんのファンに刺されるよ?
休憩後の練習は、ボールを地面に置いた状態から攻撃の人が蹴ってゲームをはじめる形式。セットプレイというやつ。攻撃陣がシュートするか、守備陣がボールをグラウンドのそとに蹴りだすかするとはじめに戻るのは休憩前の練習と同じ。一気に攻めがシュートまで行けないと、ボールが空のところにやってくる。そうすると、休憩前の練習と同じ状況になる。
プレイ開始で蹴られたボールを守りチームがはじきかえした。ボールは、空が押さえた。ドリブルでゴールに向かってゆく。守りの人が体を当てて、空を外側に押し出そうとする。空がどんどん端に押し出されてしまうと見ていると、ボールが後ろ方向に勢いよく転がる。ボールを奪われたと思ったら、ボールの転がる先に攻めの人が走っていて、ゴール正面からシュートした。キーパーがボールをはじく。そのボールは空の足元に戻ってきて、シュートを決めた。
キーパーのはじいたボールが空の足元に飛んできたのは偶然のはずだ。でも、はじめのシュートのまえのボールは、空が後ろに向かってかかとでパスをだした。ノールックパス。パスの相手を見ないで思い通りの人に渡るのだから、高度なチームプレイなのだ。
ずっと見ていると、ドリブルをするのは空くらいのもので、ほかの人たちはパスを受け取るために走らされたり、ボールに追いついたと思ったらすぐにパスをだしたり、せわしない。空のポジション、センターハーフというのはゲームを作っていく役割があるのだ。空にボールがくると、つぎはどうするのかなと楽しみになる。
空がドリブルするのを見ていて、あっと思ったら、守りの人と接触してグラウンドを転がった。ボールをとられた。空は一度前転しただけでそのまま起き上がって、またボールを追いかけ始めた。サッカーというのはこういうハードなところもある。大きなケガをすることだってあるのだ。
先生がホイッスルを吹いた。休憩だ。今度はお昼休憩。
わたしも帰ってお昼ご飯を食べよう。膝の上に置いたお重をもって立ち上がる。空がベンチにやってきた。
「ちょっと背中見せて」
すごい。背中が砂だらけだ。さっき前転したときの砂をはたかなかったのだ。
お重の包みをベンチに置く。
「砂だらけじゃない」
空はティーシャツの背中側のすそを引っ張って背中を見ようとする。
空の背中を叩く。砂埃が舞う。顔をしかめてしまう。空は痛がるけど、かまわず叩く。一歩下がって砂埃が落ち着くのを待つ。汗がついたところは叩いても落ちない。ほかはあらかた落ちたみたいだった。
「はい、いいよ」
手をはたいて砂を落とす。
「帰るんだろ?送ってやるよ」
「いいよ、お弁当食べなよ」
「弁当なんか十分かからないで食っちゃうんだから大丈夫だ。茜が自転車に乗れよ、おれが隣を走るから。そしたらすぐに着く」
通学の距離が短いから毎日の登校は自転車禁止なのだけれど、休日の部活は自転車できていいことになっている。いや、本当はなっていないのかもしれないけど、みんな自転車でくるのが普通になっているらしい。
「本当に大丈夫?休憩が足りなくなって横っ腹痛くなっちゃうんじゃないの?」
「大丈夫だよ。心配すんな」
「心配なんかしてやんないけど」
「じゃ、ゆっくり駐輪場に向かっててくれ。靴を履き替えてくるから」
空がスパイクの底を見せる。その靴じゃアスファルトの上を走るわけにいかないと納得する。
「腕とか、顔とか洗ってきてね。泥だらけだから」
お重をさげて校庭の端をぐるっと巡るように歩く。体育館ではバスケ部とバレー部が練習していて、場所待ちのバドミントン部が扉のしたの階段にたむろしている。さっき先生が休憩していた場所だ。
美術部も日曜に美術室使えるようにしてもらおうかなどと考える。
バドミントン部の男子がわたしに気づいて手をあげた。ちいさく手を振ってこたえる。
「あれは田村か?」
空が追いついてきた。
「ここから見えるの?」
「なんとなくな」
田村らしき人がなにか声をかけてきた。空もおーいとか言って、大きく腕を振った。
「なんて言ったの?」
「冷やかされたみたいだったな」
「それでなんでおーいになるの」
「うらやましいだろーのほうがよかったか?」
「うらやましくなんかないと思うけど、なんかあるでしょ」
「なんかといわれてもな、おまえのかーちゃんでーべーそーか?」
「ガキかっ」
「まあ、冷やかすのなんかガキのすることだけどな」
「大人をきどっちゃって」
駐輪場で空が自転車をだしてくれる。サドルを下げているのが気に入らない。
「むっ」
「あ、ごめん。そうじゃないんだ、おれも足がつかないくらいにサドルをあげてるんだよ。こぐときにちょうどいい高さにしてあるんだ。それに、身長がおれのほうが高いんだから、機嫌悪くするなよ」
「ただ、むっていっただけ」
わたしは重箱をかごにいれて入りきらないから手で押さえながら自転車にまたがった。まだサドルが高い気がしたけど、シャクにさわるからそのままこぎだす。空がとなりを走る。
「昼休みにも練習ができてよかったね」
「うれしくて涙がでらあ」
ちょっとスカートが気になったけど、思えば学校だからウエストをまくってなかった。この丈なら安心。
「なんというか、あれみたいだな」
「あれって、なに?」
「映画でさ、昔のアメリカの映画なんだけど。宇宙人をかごにのせて自転車をこぐやつ。宇宙人が超能力もっててさ、自転車こいでるうちに飛んじゃうんだよ」
「それ、すっごい有名なやつだよね。わたしも知ってる」
「自転車に乗ったまますこし浮いたりしないかな」
「期待しないでよね。映画は宇宙人がちゃんとコントロールするんでしょ?わたしはまったくコントロールできないんだから」
「ちょっと浮いたところでおれが押さえれば大丈夫だろ。ま、ウエイトが六キロだから浮かないんだよな」
「そうですー」
映画というなら、ちょっと違う気がする。
「映画とかなら、こういうとき、男子が自転車こいで女の子は荷台に横向きですわるんじゃないの?」
「現実にはないな。まず、中学生の自転車には荷台なんてダサいものがない。それに、自転車の二人乗りは法律で禁止されてるんだ」
すっかりツマラナイことを言う普通の男子になってしまった。やっぱり現実は映画のようにはいかない。
わたしは普通の速さで自転車をこいでいるのに、空は苦もなくついてくる。感心してしまう。
そういえば、マラソンのテレビ中継を見てると、選手は颯爽と走っているけど、並走しようとしている素人が映ったときは、かなり必死に走っていてほとんどダッシュの状態だったりする。長い距離を走れるのはすごいと思うけど、走ってる速さもすごい。空はきっとマラソン選手の方の走りだ。
空が息を切らすこともなく家までついてしまった。自転車を空に返す。
そういえば、はじめて宙に浮いちゃった日、電話を切ってから空が部屋に到着するまで、すごく早かった。いまみたいに走ってきてくれたにちがいない。憎まれ口叩いてたくせに。
「なんか飲まなくても大丈夫?」
「へーきへーき、何分も走ってないだろ」
「そ。じゃあ、ありがとう」
「こっちこそありがとな」
ちょいと手をあげて自転車をこいでいってしまった。サドルをさげっぱなしだったからだと思うけど、立ちこぎだった。それとも急いでいたのかな。時間は余裕だから送ってやるなんて、見得張っちゃのかも。
「ただいまー」
玄関をあがると、お母さんが廊下に出てきた。
「あれ?電話まってたのに。歩いて帰ってきたの?」
「空の自転車に乗って。空にとなりを走らせてね。いいご身分でしょ」
「そんなことやってると空ちゃんのファンに刺されるよ?」
真顔だ。
「わたしも今日そう思った」
空はかっこいい男子に成長していた。そのことに気づかされた。
物心ついたときには空と仲良しになっていて、大好きだった。中学生になって空と知り合う子たちはどんな風に空を見るのだろう。どんな風に好きになるんだろう。自分がドラマの登場人物になったみたいな気分だったりするのだろうか。美月はどうなのかな。美月は小学校のとき空と出会ったんだけど。
わたしは部屋でウエイトをとって掃除した。
掃除をしていて、松本先生の本気お助けチケットをゲットしたことを思い出した。ケータイのアドレス帳を整理して、呼び出しやすい場所に先生の連絡先を移動しておいた。なにに使おうか、楽しみな気がした。
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